運命の人と最後の恋は、一人と一回だけじゃない


「運命の人だと思う」
「彼以上好きになれる人はこの先現れない」 
「最後の恋だと思う」

彼のことをこんな風に話すのは
「現在、彼と仲良しで何の障害もなく楽しく交際している」という人よりも、
失恋したばかりや、不倫をしているなど切なくて苦しい恋をしている人に多いです。

今は辛いけど、いつかは戻ってくる「運命の人」だと思うから。
今は辛いけど耐えなきゃいけない「いつか自分の思うような幸せがくる」その時まで。
辛いことも多いけど、幸せだからいいの。

二年前、あるクライアントさんも当時の交際相手のことを
「ただ好きとかではなく、魂から好きなんです」と話していました。 

このクライアントさんはバツイチの独身で、彼は既婚者でした。
「離婚してからはもう誰とも付き合いたくないと本気で思っていたのに、彼とは恋に落ちてしまったから不思議なんです」

「彼が離婚することはないと思うので一緒になるのは諦めています。今は一緒になれなくても歳を取った時に、もし奥様が先に亡くなって、彼が動けなくなっていたら私が介護するって決めているんです。側にいられるだけでいいので介護していても幸せだと思うから。これ以上好きになれる人はいないので。」

その為に介護についても今から勉強しているそうです。

なので、
奥様は先に亡くならないかも知れない。逆に彼が奥様の介護をしているかも知れないし、彼が動けなくなるとも限らない。彼が動けないほど歳を取った時には会えないかも知れない、というお話をしました。 

というのも、彼女のご相談内容は不倫ではなく職場での悩みだったのですが、お話を伺っているうちに彼との不安定な関係、そのため将来の不安があり、仕事の不安、職場での悩みへと繋がっていることが分かったからです。

彼との恋愛では辛いことも多いのに ”これ以上好きになれる人はいないから”と辛さを見ないようにしていたので、職場だけでの問題だと思っていたのです。

そこである提案をして、彼女は実行し続けました。

そして二年後、ご報告をいただきました。独身の恋人が出来たそうです!

ご報告のメールです。
※ご本人の承諾をいただいています。元彼をAさん、彼氏をBさんとします。
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自慢でも、のろけでも無く、今ホントにしあわせです。
 幸せって… 心が満たされる事なんですね。
 Aさんを凄く大好きだったけど… 離れられないと思って8年くらい付き合ったけど…
Aさんは年を追うごとに、幸せよりも辛さをくれました。 
別れてからも逢いたくて辛かったけど…Bさんと出会いBさんの空気が私を包んでくれてどんどん癒され、Aさんを忘れられました。そして、今でもBさんが大好きでたまらないです。 
Bさんと付き合い始めてしばらくしたら、Aさんから連絡があって話す為に会った時に、〔会社の前で待ち伏せされたりしてたから話す事にしました〕戻って来てほしい…だからと言って何も変わらないけど…って言われました。
私が辛い思いをしてるのを分かっていて、それでも良いんだ。って思った。
カウンセリングを受けた時に、私も私の辛さを無視していたのが分かってきました。
だから、私も共犯なんでよすね。
Aさんを大好きな時には、私のことを真剣に考えてくれてると思ったけど… 今思うと、Bさんの比じゃありませんでした。
既婚者だから、好きな女を背負う気なんて所詮ないんですよね。 
待ち伏せして、話したいって言われた時に、正直迎えに来てくれたのかな❓って思いました^_^; 
でも、離婚するわけ無いんでよね。 だから、すっぱり別れられたかも知れません。
(省略)
辛さを我慢してれば、Aさんか神様が良いことをしてくれると思うのをやめられてAさん以外を見るようにして、
出会いを求めてみるようになれて本当によかったです❗️

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不倫だとこうなりますよ~、を言いたいのではなく、
不倫ではなくても、恋愛で辛い思いをしている方ほど「運命の人・最後の恋」だと思いがちです。
でも「運命の人」はひとりではないのです。

同じ相手でも、その時の自分でなかったら付き合っていないかも知れないので、彼女の別れた元旦那さんも、不倫していた彼も全て「運命の人」です。

でもまた「運命の人」は現れました。新しい恋が始まると皆さん、
「なんであの頃はあんなに好きだったんだろう?」 「彼以上好きになれる人はいないって思っていたのに」と言います。

恋をしている最中に「運命の人なんて一人じゃないですよ」と言われても、「いいえ、この恋は他とは違うの」と答えるでしょう。その時の気持ちは本物ですからね。

しかしあまり辛いと、その辛さを「好き過ぎるからこその切なさ」だと思い込んでしまっている事もあります。

楽しいこともあるから付き合っているのでしょうが、辛いことも多いという人は、楽しいこともあるけど「辛いものは辛い」と認めてみましょう。

辛いことを長く続けていると「好き」というよりも、「ここまで頑張ったんだから引き返せるものか」と意地になっていたり、疲れ果ててしまい、別れることも、新しい相手を探す元気もないだけで続けているのかも知れないのです。

因みにこの女性は50代半ばです。
「運命の人だ!」 は何度も思ってもいいですが、それを「最後の恋」だと決めるのは、またまだ早いかも知れませんよ!


自由を阻む壁

「自由になりたい」と思う人は多いのだな、と本屋へ行くたびに思います。

店内でぐるっと本のタイトルを見渡すと

「自由な自分になる為に」「自由人になろう」

こんな感じのタイトルの本がいつの時もあります。

 先日SNSである年配の有名人女性が、自分の生き方、恋愛感について、 
「世間や常識ではこうでも、私はこうするの」と、「常人とは違う生き方をしている」
というような内容の記事がありました。 
「でも、こうやって自由に生きるのは大変なこともあるのよ」とも書いてありました。
 
読んだ人達のコメントには
「私もそう思っていました!」「それでいいんですよね!」「共感しました!」「感動しました」と

 「個性」と「自由」に感動しているコメントがとても多かったです。 


「世界に一つだけの花」という歌があります。
メロディーも良いですが歌詞が共感を呼び、人気のある曲だったと思います。 

そうさ僕らは 世界に一つだけの花 一人一人違う種を持つ 
その花を咲かせることだけに一生懸命になればいい 
小さい花や大きな花 一つとして同じものはないからNo.1にならなくてもいい 
もともと特別な Oniy one

そう、個性とは「持っていい」「持っている」のではなく、一人一人違って当然のもので、
「自由な生き方」もあって当然なのです。

でも、昔から個性や自由を尊重するモノは人気があるのです。

 「人気がある」というのはやはりそこに「特別」を感じるからであり、共感はしても「著名人」や「歌」は、
どこか現実とは違うものとして見られているので感動したり認めたり出来ているけど、
自分や、周囲にいる者、友人や近所の人のことになると認められない人が多いのではないかと思うのです。



お子さんが不登校になり、学校へ送り迎えしていたクライアントさんが 言いました。

「今回の事は辛いことでしたが、今までの私だったら、送り迎えしている親なんて見たら『なんて甘い親なんだ』と思っていたと思います。でも今は『何か  あったからなんだろうな』と思えるようになりました。
それだけではなく、今までは全てのことに対し、人がなにか自分と違ったことをしていたら、なんで!?と、いちいち思い、苛々していましたが、今は「そうなんだな」とだけ思えるようになり、そう思える自分になったのは良かったと思うのです」
 

同じようなことを言うクライアントさんは多く、痛みを知ったからこう思えるようになったのではなく、
自分の心を見つめたことにより、他人の個性や自由を認められるようになり、
他人の個性や自由を認めることにより、自分も「自由」になったのです。

自由になるとは、自分が自分のどんな想いも認められてしまうことです。

「自由になった!」との言葉で表すようなものではなく、もっと深く静かなものです。

自由を阻む壁とは、自分の心の中に在ります。

「個性」と「自由」 を尊重するものを見聞きしたときに、感動するのではなく 「そりゃそうだろ」と、
自然と冷めた気持ちで見つめられる。

そうなっていた時には自由を阻む壁の向こう側へ行けているのでしょう。