私は絵を描く事が好きです。とは言っても描きたい時にしか描いていません。
たまにギャラリーからお声がかかった時は展示会に出展しています。お声がかかるのはとても嬉しい事なのですが、いかんせん描きたいモノが浮かんだ時にしか描いていないので沢山の枚数を要求されると困ってしまいます。
最近、前回の展示会からあまり時間をあけずにお声がかかりました。嬉しいですし、まあ大丈夫だろうと引き受けたのですが、これがのちにとても後悔することになりました。
私の絵の殆どは何かを見て描くものではなく、頭に浮かんだイメージなので、描きたい時というのは頭にイメージがあるからで、途中イメージ通りにならなくて苦しいこともあるのですが頭の中の完成図に向かって筆を進めていくことが出来ていました。
ところが描きたいものも無く、とにかく描こう、枚数を増やそうと思いながら描いてみたら、キャンバスを目の前にして『ここには何を置こうかな?』『ここはどうしよう?』と考えながら描くので、描いては直しを繰り返し、全く進まないのです。
ただ景色を描くのならきっと普通に描けると思うのです。でも私にとっては描きたいモノではありません。
なんとなく描きたいモノを描いていましたが、そうなると描く気力もないまま時間ばかり費やしていく。途中に『イメージに近づいてきた!』という喜びもない。そうしているうちに段々と『自分はつまらない絵しか描けないのではないか、』『こんな絵を描いて何になる』と自信も無くしていきました。この日々が本当に辛かった!
それでもどうにかこうにか何枚か描きましたが、描いている期間の悶々とした日々の中、目標がないことの“動き辛さ”を痛感しました。
これは私の絵の話に限らず、人は何か目標がありそこに向かっていれば強く、楽しいことも多くいられます。目標があれば途中で上手くいかないことがあっても、失敗しても、だからこそ小さな成功や進展が大きな喜びになり、それ以外の“他人は何をやっているか?”や“自分は人からどう思われているか”なども気にならなくなるのです。目標がある人が魅力的に映るのは他者を気にせず自分を生きているからでしょう。
クライエントさんには、「楽しい事がない」という人もいるのですが、目標が楽しく生きる事に繋がるとしたら、目標とは簡単に出来ないことだからこと目標です。なのでそれは大きなことばかりでなく、“面倒なこと”でも良いのです。
面倒なことを意識して『今日は帰ったらすぐにお風呂に入ろう』『嫌な事ははっきり断るようにしよう』でも目標です。日々の小さな目標を意識し「できた!」を実感していくだけで大袈裟ではなく人生が変わっていくでしょう。
続くポイントは、そもそも“自分には簡単では無いこと”なので、出来ない時があって当然なので、出来なくても落ち込まず、投げずに次はやろうとするです。
『大きな目標を持ちたい、けど無い』『何を目標にして良いかわからない』という方は目標を持つ前に無意識の中で『いやいや、こんなことは絶対に無理』と思い浮かんでこないのかも知れません。逆に「目標はあるのに、やる気が起きない」という方は、それが本当の目標では無いのかもしれません。このような方はどちらもカウンセリングで改善できます。お気軽にお申し込みください。
「好きなこと」を見つけたいなら「嫌なこと」をやめてみる
今日最後のクライアントさんは都内在住の若い社長さんでした。
ご相談内容のカウンセリングが終わった後にお仕事について話をしていて、私が「好きなことが出来てるんですね~」と言うと、「好きな事が出来ていると言うより、独立してからは嫌な事をやめられたのがいい」と仰いました。
嫌な事とは、
「以前勤めていた会社はとても儲かってはいたのですが、お客さんが騙されている、とも思っていないのですが・・・。けど自分で良いと思えない物を人に勧めることが苦痛だったので、独立してからはその苦痛が無いのです。独立するまでも、今も、大変なこともあるけど、その大変さのプロセスさえ楽しめていて、そしたら結果もついてきてくれています。自分の人生で長い時間を過ごすものは、なるべく気持ち良く過ごしたいのです。一生は一度きりだし」
『好きな事をやっていると言うより、嫌な事をやめられたからいい』
そうなのです。「自分らしく生きる」そのために「好きな事を見つけよう」と聞きますが、好きな事とは見つけるのが難しいこともあるので、それなら「嫌な事をやらないようにする」これが「自分らしく生きる」に繋がり、好きなものが残るのです。これは仕事だけではなく、友人などの人間関係もです。
それでも、避けられないと思うようなことや、簡単にやめられないと思い、悩むかも知れませんが、どんな事でも、誰かや 何かのせいで動けないと思っているような事でも、
「やめるには大変だろうけど、嫌だからやめる」と「嫌だけど、やめるのは大変だから我慢する」
どちらも嫌だとしても、“今は”少しでも「まだこっちの方が良い」と思うほうを自分で選んでいるのです。
それでも「やっぱり嫌だ、やめたい」・・「でも、できない」と思う方は、一人で考えているので同じ思考から出られなくなっているので「できない」と思い込んでいる可能性があります。そのような方は一度カウンセリングをご利用ください。
「心の原因探し」だけで前に進めないときに
原因探しを続けても前に進めないことがある
「いくつか療法を受けてトラウマも理解でき、癒された気もするのに、思うように改善しない。だから、まだ別の心の原因があるのではないか?」
そう感じる方は少なくありません。
確かに、他の原因があることもあります。原因を知ることは大切です。ただし、原因には「認めやすいもの」と「認めにくいもの」があります。
認めやすい原因は親との関係や他人との出来事。
認めにくい原因は、誰にとっても「嫌なこと・面倒なこと」です。
単純すぎて見過ごされる原因
たとえば、仕事に行けなくなり退職。トラウマも理解し、社会復帰を目指しても仕事を探す気になれない、働いても続かない。そんなとき、人は「まだ心の奥に原因があるのでは」と探しがちです
けれども実際には、
- 朝早く決まった時間に起きるのが面倒
- 満員電車が嫌
- 働きたくない
- 人と関わるのが億劫
- など、あまりにも単純すぎる原因が大きく関わっていることもあります。
これは弱さや怠けではなく、人として当然の感覚です。長い間「通う生活」から離れると、外に出ることや働くことが億劫になるのは自然なことなのです。
単純すぎて見過ごされる原因
現実的な問題を解決する視点も必要です。
この「単純な原因」を無視してしまうと、解決が進みません。心の問題だけを探すのではなく、現実的な課題にも目を向けることが大切です。
たとえば、
- 部屋が片付かないなら「どう片付けるか」「誰に頼むか」「業者はいくらかかるか」を考える。
- 不登校や退職なら「通学・通勤環境」「生活リズム」「家族の希望とのズレ」などを整理する。
事例1:不登校の大学生
高校までは自転車通学。大学は母親の希望で進学した学校で、片道2時間半の満員電車。学びたい学校でもなく、ラッシュの電車も嫌で仕方なかった。
この現実的な要因が不登校の大きな原因でした。
事例2:ゴミ屋敷になった女性
時間をかけてお話を伺ううちに「トイレが壊れてから、トイレを見たくなかった。修理業者はきっと男性なので、壊れて汚いトイレを見られたくなかったので修理も出来ない、と諦めていた」ことが原因でした。修理業者に依頼する方法を一緒に考え、トイレが直ると自然に気持ちが落ち着き、部屋の片付けもできるようになりました。ました。
心の問題と現実の問題を両方見る
どちらのケースも、本人は「これが原因」と気づいていませんでした。カウンセリングでは心の問題を扱うのはもちろんですが、現実的な問題も一緒に見つけて解決していくことが必要です
心の原因探しだけにとどまると、前に進めないことがあります。単純に見えること、現実的な問題こそが解決の糸口になることも多いのです。
心の原因探しは大切だが、それだけでは改善しないこともある。
あまりにも単純すぎることや現実的な問題も原因になり得る。
心と生活、両面からアプローチすることが回復につながる。
あなたが今「前に進めない」と感じていることは、本当に心の問題だけでしょうか。もしかすると「単純すぎて見過ごしていた現実の問題」が隠れているかもしれません。
もし「自分の場合はどうだろう」と思われた方は、ぜひ一度ご相談ください。心の問題だけでなく、生活や環境の中にある現実的な原因も一緒に整理し、解決の糸口を探していきましょう。
パートナーの自死・悲しみとは別の何かを思っても仕方ない
※ご本人の承諾を得ています
女性 会社員 子供二人
【ご相談内容】
子供の非行・問題行動
電話カウンセリング60分
ご相談内容はお子さんの問題行動でした。
友人を家に呼んではゲームをして大騒ぎする、返事をしない、何もいうことを聞かない等。
仕事で疲れているのに子供たちはいうことを聞かず、ストレスから体調も崩されてしまったそうです。
お子さんの様子を伺っている時に、半年前にご主人が自死されたことを話されました。
ご主人は繊細で自分勝手で弱い人だったそうです。
遺書には、奥さんには何の不満もなかったということと、感謝の言葉と「愛している」が沢山書かれていたそうです。
お子さんの問題行動はご主人が亡くなる前から始まっていたそうです。
お子さんの問題行動について、どれだけ疲れるかという話をされている時に、
「子供達がこんな状態だって分かっていたのに、私一人じゃどれだけ大変になるか分かっていたのに、なのに」
と仰ったので、
「申し訳ないですが、ちょっと恨みたくなってしまいますね」と私がいうと、
「そうなんです!そう思っていいんですか⁉︎ 私一人に子供達を残してどういうつもりなの⁉︎
ふざけんな、何が愛してるだ!と思ってしまって、でも亡くなった人にそんな事を思ってはいけないのかと思って、考えてはいけないと思っていました。周りの人もみんな慰めてくれるけど、主人の死は私の責任だと思われているんじゃないかとか気にして誰にも会いたくないし、もう本当に辛くて、残されて生きていくことがどれだけ大変か、自分だけ楽になってと恨んでしまう気持ちが強くて」
ご主人への文句を一頻り言った後、ご主人の良いところも沢山思い出して話されました。
もっと一緒に居たかった、子供達が巣立ってからある国に一緒に旅行しよう約束してたのに、と。
今とこれからの大変さを考えると悲しむ余裕もなかったのです。
お子さんの前でも茫然とはしても泣いてしまうこともなかったそうです。お子さん達も泣いたことはなかったそうです。
「悲しいけど、恨みたくなる気持ちもあった」これを認められてから、お子さん達の行動、お子さん達の様子もカウンセリングが始まった時に話されていた内容とは違い、冷静に見つめて話せるようになり、これからの改善策も話し合うことができました。
この方もそうですが、これからの大変さは事実なのに、死者に対しては悪いことを思ってはいけないと気持ちを抑えることで体調不良を起こしてしまうことは多いです。
例えば、身内の介護をしていた、元気になって欲しいと思っているのも事実。亡くなったら悲しいのも事実。でも介護生活が大変だったので亡くなってから「やっと楽になれるとホッとした自分もいた」
そうなると「自分は、早く死んで欲しいと思っていたのか⁈」と心の奥底で自分にショックを受け、無意識に「いつまでも元気がない自分いなければならない」と思っていた人もいます。
一つの出来事の中で、自分が思うことは一つではありません。時には真逆に思うようなことも出てきます。思ってしまうことは”思ってしまう”のだから仕方ないです。それでどちらかの気持ちが「嘘」になることはないのです。
誰かにわざわざ告白しなくてもいいので、自分くらいは自分の気持ちを正直に聞いてあげましょう。
特定の恐怖症
虫が苦手、動物が苦手など、苦手なものがあるという人は多いと思いますが、その苦手なものが自分では避けられないもので、日常生活に支障をきたしてしまうというご相談があります。
そのような状態を限局性恐怖症ともいいます。
DSM-IVの特定の恐怖症の類型では以下が挙げられている。
- 動物型:あるいは虫
- 自然環境型:高所、嵐、水
- 血液・注射・外傷型
- 状況型:飛行機、エレベーター、閉所、トンネル
- その他、窒息、嘔吐
またICD-10は以下を挙げている。 動物、雷、闇、閉所、飛行、高さなどを挙げ、高所恐怖症、動物恐怖症、閉所恐怖症、単一恐怖を含み、醜形恐怖症、疾病恐怖症を含まない。
wikipediaより引用
ご相談にこられた方の中には、女性40代の方は「鳩」が苦手で避けるようにしてはいるが、ある日、駅のホームに鳩が飛んできた時、驚いて線路内に落ちそうになり命の危険を感じた。
男性50代の方は「雷」が怖くて、雷が鳴ると仕事中にお客さんの前でうずくまるようになってしまうという方もいました。
カウンセリングした方に共通していたものは、その特定のものは幼い頃から苦手だったとしても、生活に支障をきたすまでの恐怖を感じるようになったのは大人になってからということです。
嘔吐恐怖症(おうときょうふしょう)などは、嘔吐の嫌な出来事があったとしても、嘔吐そのものというより、心の奥底に別の不安が大きくある時に発症している場合が多いですが、限局性恐怖症のは不安からではなく、むしろ「怖いものが無くなってしまうのが恐怖」だったということも多いです。
何にせよ一度生活に支障をきたすような事があると、苦手なものがなかった日も「いつくるのではないか?」との不安が日々続き、そのストレスからまた違う問題が起きていることもあります。
特定の苦手なものがある方は、「苦手」と言ってしまうと、みんな苦手なものくらいあるだろうと考え、どこかに相談するのは大袈裟だと思わず、生活に支障をきたすような事が起こる前にご相談ください。
今までのクライアントさんは、カウンセリング後その対象を好きにまでなれませんが、日常生活に支障をきたすことは改善されています。
気持ちの整理と確認の大切さ(クライアントさんのご報告から)
カウンセリングを受けようか迷っている方の中には、
「自分で散々考えても解決できなかった事を、人に話したところでどうにもならない」
と思う方もいるかと思います。
これは先日クライアントさんが言っていたことですが
「(悩みに関しての)今まで色々な本を沢山読んだんですがね、(解決しなかった)」
これは私もですが、悩みがあり自分で散々考えたとしても、
頭で考えているだけでは、明確に何をどうしたいかまで至っていないことが多いです。
本を読んでも、人は無意識に自分に都合の良い部分だけしか頭に入らない、入れていないことも多く、
それでは今までの「自分だけの考え」に何もプラスされていないということなのです。
カウンセリングとは、カウンセラーがただお話を聞いているだけではありませんが、
利害関係のない人間と対話することにより、頭の中にあったものを外に出します。
言葉にする=頭の中から外に出す
カウンセラーに説明する=並べる・整理
こうすることにより、今の自分を客観的に見つめ、状態をしっかりと意識でき
自分はどうしたいのか、整理することができるのです。
例えば「彼にふられて辛い」という人は「辛い」までは自分でも分かるでしょうが、
「何がどう辛いのか? どうだったら良いのか?」と質問されたら答えは人によって違います。
気持ちの整理と確認とは、自分のことだから分かっていると思ってしまうからこそ難しいのです。
先日症例をお願いしたクライアントさん「誰も悪者がいない中で」からご報告のメールをいただいたのですが、
気持ちの整理と確認の大切さを実感されたことと、自分が行動したことにより得たものについても書いてあり、
素晴らしいご報告でしたのでご紹介させていただきます。
※お見せ出来ない内容をたくさん削除しているので読みにくいかも知れません。
>先生へ
>こんにちは。○○のAです。
>先日は楽しいセッションをありがとうございました。やはり直接お会いできてよかったです。
>その後のことはご報告しますね!と約束しましたので、お知らせいたします。
>(Aさんがある行動を起こした事)精一杯でしたが、そこには「私が******した。」という事実が生まれました。(省略)
>なににせよ、ずっとモヤモヤしていた一歩を勇気をもって踏み出すことができたのは、先生とお話しできたことが最後の後押しとなったことに間違いはありません。
>その後の先生のブログも読ませていただいて、改めてとても勉強になりました。
>中でも、「人の気持ちを失うことの怖さ」が無かったぶん。というのが印象的でした。
>振り返ってみると本当にその通りです。
>そしてまた一つ、子供の頃にあったことを思い出しました。(学生の頃にあった出来事が書いてありました)
>もうそのようなことはしたくない。と思って周りにいる人に対して、よくもわるくも全部気持ちを言ってしまったり、そうなる前にもう自分から距離を置こうという行動をしてしまったりするもかもしれないな。
>なんてことも思いました。
(カウンセリングを受けた後は、終わってからもどんどんと自分の気持ちに気づくことが続きます。)
>もしかしたら、その頃から「人の気持ちを失うこと」にはじめて触れてそれを今まで引きずってきたのかもしれません。
>とても悲しかったのだと思います。
>本当に誰も悪者がいない中だったからだと思います。
>先生とお話して、とてもヒントになったり整理できたり再確認することの大切さを学びました。
>本当にお会いできてよかったです。
>またきっとお顔を見にゆきます。
>とりいそぎ、ご報告まで。
>(ご報告ですので、もちろん返信などは不要です。)
>A
Aさん、ありがとうございました。
気持ちの整理と確認は、自分の思う事をなんでも良いので紙に書き出しても効果があります。
しかし紙に書くのでさえも無意識に「こんなこと思っちゃいけない」「こんなこと思ってしまう自分は嫌だ」
「恥ずかしい」という気持ちが出てきて、書きたいのに書けないこということがあります。
そのようなときはカウンセリングをご利用ください。
誰も悪者がいない中で②
「誰も悪者がいない中で」の続きです。
「親を一度も嫌だと思ったことがない」という人は、大きな愛情に包まれて伸び伸びと育ちます。
他人に意地悪もされたとしても悪く捉えないので、多少のことでは傷付くこともありません。
嫌なことがあったとしても引きずる事もないのは、絶対的な味方(親)がいるので何も怖くないのです。
自分が人から受け入れられるのは当たり前だと思っているところもあり、無理に人から好かれようともせず、どこかで「自分に害を与える人間はいない」とも思っています。人から嫌われる怖さも、人を失う怖さも知りません。
気持ちを察してくれる親になれているので、他人に気持ちを伝える必要性もわかっていないところがあります。
不機嫌な時は誰の前でも不機嫌な態度のままで居れ、嫌なことがあればNOもはっきり言えます。
感じたことは素直に口に出して、それによって他者が傷つく事もあると考えられない。
人を信じる力が強いので、他人とある程度仲良くなると急に家族と同じような接し方をしてしまうことがあります。
彼がAさんと別れた理由は「Aさんの気持ちが分からないから」でした。
Aさんは、この彼と付き合うまでに、他の男性とも付き合ったことがありますが、
みんな何となく友達の延長として付き合っていただけで「好き」と思うこともなかったそうです。
振られたこともありましたが、あまり悲しいとも思わなかったそうです。
でも彼のことは「好き」と言葉にすると薄っぺらく思えて言いたくないほど大好きだったのです。
彼はAさんにいつも素直に気持ちを伝えていてくれていましたが、
Aさんから彼に気持ちを伝えたことは殆どありませんでした。
伝えようとしても好き過ぎて言えなかったのと、時々彼の前で話せなくなってしまうことがあったので、
気持ちを聞かれても上手く答えることができなかったそうです。
彼の話をしている時に、Aさんは中学生の時に親友が離れていった時のことを思い出しました。
その時の出来事が彼と話せなくなることに関係していたのでした。
親友が離れて行った時のことを思い出すと、彼を失うのが怖くなり急に何も話せなくなってしまったそうです。
でも、演奏について話すときは何も考えずに彼とぶつかり合えたそうです。
中学生の時の親友が離れていった理由は、当時のAさんは全くわからなかったので
何度か本人に直接聞いたそうなのですが、何も教えてくれずに避けられてしまったそうです。
他にも仲の良い友達はいたので、あまり気にしていなかったそうなのですが、今思えばその頃から
理由の分からない恐怖が込み上げてくることが時々あったそうです。
数年後、人伝に聞いた理由は、
Aさんは親友に「私以外の子と仲良くしないで欲しい」と伝えたことがあったそうです。
Aさんは悪気もなく、思ったことをそのまま伝えたのでしたが、親友からすると、
「Aさんは他の友達とも仲良くするのに、自分には他の子と仲良くしないでと言われるのが嫌だった」
「Aさんからは傷つくことを何度も言われていた、勝手なAさんに合わせるのが嫌だった」
と言っていたそうです。
それまでのAさんは「人から嫌われたのかも」と考えたこともありませんでした。
親友が離れていったのは自分の言動が原因だったと知りショックを受けたけど、
「なら、どうしてその時に嫌だと言ってくれなかったんだろう」とも思ったそうです。
自覚はありませんでしたが、初めて受けた「人が離れていく経験」はAさんの心に大きな恐怖を残していました。
普通の友達とは無難に過ごすことができていたので忘れていましたが、
家族以外で初めて好きだと思ったのはこの親友で、その次が彼だったのです。
彼と別れ、気持ちも不安定な時に大好きなお父さんが亡くなりました。
このような状況では辛くて寝込んでしまう事もあると思うのですが、
Aさんは長子(一番上の子)なので、残された母、兄弟を思うととても辛く、
自分が支えなければと必死に考えていたのでAさん自身は十分に悲しむ事もできずにいました。
気丈に振る舞っていても、彼との別れや父親の死の悲しみから心身ともに疲れ
これ以上傷つきたくないのと、気持ちが離れて言ってしまう別れもも、亡くなってしまっての別れも
もう経験したくないので、仲良くなりそうな人とは「また失うことになるのでは」と不安になり
距離を置いてしまっていたのでした。
彼と新しく組んだ女性の奏者との演奏で嫉妬するのも当然の事なのですが、
ショックが続いてもしっかりしてようと思うあまり、自分の気持ちがわからないままで
苦しい気持ちの原因を探しているうちに「自分はこんな性格だ」と思い込んでしまったのです。
悲しいことですが、お父様の死やこの恋愛が今まで気が付かなかった色々なことに気付く
きっかけにもなったと仰っていました。
「このままでは嫌な事」の改善の為、これからどうしていくか方向性も決まりました。
離れていった元親友とは、昔のことのようでも強く気持ちが残っているので連絡をとって
一度お話をしてみることを提案させていただきました。
別れた彼のことは、別れて悲しいと素直に認められ、復縁を望むかはわからないけれど、
どうして気持ちを伝えられなかったのか、は話してみるそうです。
誤解されそうですが、このような方達は親が甘やかして育てたからではなく、
親子の仲が良かっただけで仲が良いと問題が起きやすくなるわけでもなく、
誰も悪い人がいなくても問題が起こることがあるのです。
Aさんはお申し込みの時点で最後にはしっかりと「改善したい。」と書いています。
どう育ったのだとしても、大事なのは「自分で自分をどうにかしたい」と思うことなのです。
余談ですが、この方はなんと伊豆諸島から埼玉県のここ、マグノリアまで来てくださいました。
遠くからお越しいただき「来てよかったです!」と仰っていただけたので嬉しかったです。
ありがとうございました。
このクライアントさんからのご報告:「気持ちの整理と確認の大切さ」
誰も悪者がいない中で
親が嫌いなわけでもない、愛されて育ったと思っていても、「親なんて嫌い」「親はうるさい、理解がない」と思った事があったり、親の嫌なところの一つや二つがあるというは、ある意味普通のことだと思います。
ところが「親のことを嫌だと思ったことが一度もない」「親の嫌なところは全くない」という人もいるのです。
子供の性格育成には最初の社会、家庭、親が影響すると言われているので、うちの親は毒親だ、そのせいで今の自分は悩みが多い、という方からすると羨ましいことかも知れません。
ですが
- 好きな人とは話せない、異常に照れる
- 他人とのコミュニケーションが苦手
- 自分で大きな物事を決められない
- パートナーと向き合えない
- 血縁者以外を人として見れない、思いやりを持てない
- 50代以降から理由のわからない不安が出てくる
このようなご相談でカウンセリングを受けられる方の中に「親を嫌だと思ったことが一度もない」という方が多いのです。
これは「親を嫌だと思ったことは一度もない」クライアントさん(20代 女性)が、申し込みフォームの相談内容の欄に記入されたものです。
※ご本人の承諾を得ています。
嫉妬感や思い込みのようなものをコントロールできないでいる。普段はよくてもそのような感情が出ると自分でも嫌になる。より近い距離感の人に出やすいので仲良くなってくると不安になり自然に距離をとろうとする癖があるように思う。 改善したい。
クライアントさんをAさんとします。
数年前「好き」と言葉にしたら軽く思えて言いたくないほど大好きな男性と出会い、交際しました。
Aさんと彼はある楽器の奏者です。彼とは演奏でも組むことになりました。
二人のセッションは、自分も彼も今まで感じられないほど素晴らしいものになったそうです。
ところが、ある日突然彼から別れを告げられてしまいます。
それから少ししてAさんのお父さんが亡くなりました。
彼とは別れてからも仕事では一緒です。
Aさんのお父さんが亡くなった時に、彼が支えようとしてくれましたが、Aさんは彼に近づくのが怖くなり、避けるようになりました。彼が怖いというより自分の気持ちの波が怖くて、またあの波が来ると思うと心が固まってしまうのだそうです。
その波とは、彼と付き会っている時は今まで経験したことのないような大きな喜びを感じることができたけれど、衝突した時は胸をえぐられるような苦しみもあったので、喜びの大きさと大きな苦しみを繰り返すことだそうです。
またあの思いをすると思うと怖くなり、彼と仕事するのはやめることにしました。
暫くすると彼は新しい女性の演奏者を見つけました。彼とその女性は恋人同士ではないのですが、演奏を聞いていると嫉妬して苦しい、でもどうしようもできない。復縁したいのかといえばそうではなく、怖さのほうが強いので嫌なのだと言います。
彼に対しての怖い気持ちを話している時に、Aさんは中学時代のある友人のことを思い出し、話し始めました。
中学生になってすぐに他の友人とは比べ物にならないくらい大好きな親友ができたそうです。
まるで家族のように遠慮なく親友に接していたAさん。
ところが暫くすると、その親友はAさんから離れていってしまいました。
理由を聞いても話してくれないし、どうしていいのか分からなくて怖かったそうです。
でも他の”普通”の友達とは何のトラブルもなく仲良くできていたので、今まで思い出すこともなかったそうです。
なぜAさんから大好きな人ばかりが離れていってしまったのでしょうか?
誰も悪者がいない中で②に続きます。
足を引っ張られる
悩みの原因も解り、方向性も決まり元気になったクライアントさんの中には
「私、本当はこんな感じの服が着たいんです」
今までメイクをしていなかった人は「本当はメイクをしたいのですが」と自分が本当にしたかった事に気づき、外見も変化したくなることがあります。とても良いことです。
しかし、そこであることが理由でためらってしまうのです。
それは、メイクをするようになったり、今までとは違うイメージの服を着たら
「(周囲の)人から何か言われそうで・・・。」と、ためらうのです。
そんなの気にしなきゃいいと思うかも知れませんが、
実際に嫌な事を言われたという方もいるのです。
メイクをしたり、メイクを変えたり、パンツやデニムばかりだった方がスカートを履いただけでも、
何かを少しでも変えると、
「なに?どうしたの?」「なに張り切ってるの?」
「今日は何か頑張ってるけど、どうしたの?」などと言う人がいるのです。
今までやっていなかった事を始めるのは勇気も要りますし緊張するものです。そこでこんなことを言われたら、恥ずかしくなるし、嫌な気持ちになってしまい、やる気も失せてしまうでしょう。
このような「意地悪な人」は、なぜそんな意地悪を言うのかというと、その人自身が自分の本当に好きなことが出来ていないからです。金銭的な問題でではなく、自分も人からどう思われるかを気にして出来ないのです。
なので人にも自分と同じようにいて欲しい為、『素敵だな、いいな』と思えば思うほど、それをやめさせたくて足を引っ張るのです。
このような理由で自分のなりたいイメージになるのをためらってしまうという人は、メイクやファッションを変え、意地悪を言いそうな人に初めて会うときに『何か言われたらどうしよう』と怯えるのではなく、『絶対に何か言われるだろう』と構えていましょう。
そして実際に意地悪なことを言われたら、素直に(フリでも)「前からこうしたかったから思い切ってやってみたんだけど変かな?駄目?」というように、意地悪には一切気付いていないフリをして聞いてみるのです。すると意地悪な人達は一変して「そんなことないよ、可愛い!」と褒めてくることが多いのです。
これは、意地悪をしようとしている人の中には無自覚だとしても『やましい気持ち』も必ずあります。
意地悪しようとしたのに、素直にアドバイスを乞う(頼られる)ようなことを言われたら意表を突かれます。
そこで初めて、羨ましさから意地悪しようとしていたことが恥ずかしくなり、素直に褒めることができたり優しくなったりするのです。
この「足を引っ張る周囲の人」とは、同じ職場の人だったり家族だったりもしますが、一番多く聞くのは「友人」です。
自分が素敵に変化していこうとすると、友人から嫌がられる、意地悪をされる、足を引っ張られるだろうと分かっていながら、それが「友達」というのもおかしいのですが、
友人とは、最初は考え方や好みが似ていたから仲良くなり付き合っていたのだとしても、自分に疑問を持ち、このままじゃ嫌だと思い自分が変わると、今までの友人達とは合わなくなり、自然と付き合う人達が変わっていった、ということは良くあることです。
しかし、同じようなケースでも、有人達から意地悪を言われながらも自分の好きなことをやり続けていたら、友人達も素直に「私もこういうの着たいな」と言うようになり、それから他の友人にも同じような変化があり、以前よりも自分も友人達もみんなが仲良く楽しくなったとの報告も受けたことがあります。
嫌な事があった時に慰めてはくれるけど、良くなる時には足を引っ張る人よりも、嬉しい時に一緒に喜んでくれる人が友達であって欲しいですよね。
自分好みの努力
「 努力はしている」「 何をしてもダメ」という方の中には、自分好みの努力しかしていないことや、本当の目標に気がついていないことがあります。
例えば 『 泳げるようになりたい 』が目標だとします。
いくら泳ぎ方の本を何冊も読んだとしても、泳ぎ方の講義を何時間聞いても、泳ぎのフォームをノートにとっても、教室内でフォームの練習する努力をしたとしても、実際に水に入り、泳ぎ、練習をし続けなくては泳げるようになるのは難しいです。
なのに実際に水に入るとなると、「体が濡れるのが苦手 」「 前に入った時に疲れたから」と避けてしまう。
努力はしていると言っても、自分の好みの努力だけしてしまっていることもあるのです。
また、本当はの目標は自分が思っている『 泳げるようになりたい 』だけではない場合もあります。
『 練習に行き、人と繋がることが楽しい 』『 水泳の練習をしていると誰かに言いたい 』
そうなると無意識にレッスンをやめたくない、泳げないままでいたくなっているかも知れないのです。
そうしたら、その奥にある本当の目標は『 泳げるようになりたい 』ではなく「誰かに認められたい」や「友達が欲しい」です。
目標なんて何でもいいし、目的は幾つあってもいいのですが、いくつもある目的を自分が知っているかいないかで「初めの一歩 」が全く違ってきます。“自分の本当の目標”も分かると目標への策が違ってきます。
ですが「 目標の理由 」には自分の好みと、好みじゃない理由があります。
『 泳げる、と誰かに言いたい 』 『 みんなが泳いでるから泳ぎたい 』
この手の理由は 自分の”好みではない”のかもしれません。
水泳に例えてみましたが、腰痛が酷くて治したいと努力しているのに一向に治らないと悩んでいる方は、運動も生活のスタイルを変えることなく整体にだけ通い、そこの整体師さんと話すのが楽しくなって通うのをやめたくなくなっていたということもありました。
自分が思ったことは何だって良いのです。どんなものでも全て自分が聞いてあげ、認めてあげると「 本当に望んでいることは何か」が見えてきて「今努力すべきことは何か」「最初にすることは何か」も見えやすくなります。
