揺れを認める

モノクロ

「自分がどうしたいのか分からなくなる」という人がいます。
その原因のひとつに、「なんでも白黒はっきりさせようとする傾向」があります。

たとえば、ある食べ物が大好きだったとします。
それを連日食べ続けていれば、当然飽きもくるでしょう。
また、その日の気分によって「今日は食べたくない」と感じることもあるはずです。

ところが、そういうときに「私はもうこれが嫌いになった」と極端に判断してしまう。
さらにはそれを周囲に口にしてしまう。
すると、後になってまた食べたくなったとしても、どこかで抵抗を感じてしまい、結果的に食べなくなってしまうのです。

こうした判断は、たかが食べ物のこと、たいしたことのないように思えるかもしれません。
けれども、日常の小さな場面でこうした思考の癖が積み重なると、気づかないうちに「揺れることを許さない」自分ができあがってしまいます。
そしてそれが、もっと大きな選択や感情の揺れに直面したときにも、同じように極端な結論を出す癖につながっていくのです。

これは趣味や仕事など「好きなこと」に対しても同じことが言えます。
最初は夢中になって取り組めても、疲れたり、うまくいかなかったりする時期は誰にでも訪れます。
しかし、そこで「自分には向いていない」「やっぱり好きじゃなかった」と結論づけてしまい、手放してしまう。
これを繰り返していると、自分が本当に何を好きなのか、次第に分からなくなっていくのです。

大切なのは、
「今は疲れているだけかもしれない」
「今日は気分が乗らないだけかもしれない」
といった、自分の“揺れ”を受け入れることです。

その物事自体を否定するのではなく、自分の内側にある一時的な感情として認識する。
そうすることで、自分に振り回されることなく、本当にやりたいことにまっすぐ向かうことができるようになります。

あなた自身は、どうですか?

かつて好きだったのに、少しうまくいかなくなっただけで「やっぱり違った」と手放してしまったものはありますか?
それは本当に「向いていなかった」のでしょうか。
それとも、一時的な疲れや迷いの中で、判断を急いでしまっただけかもしれません。

「揺れている自分」と付き合う小さなヒント

迷いや疲れを感じたときは、無理に答えを出そうとせず、まず「今の気分」をそのまま受け止めてみてください。

たとえば──
• 日記やメモに「今の気分」を書き出す
• 「今日はやらない」と一旦決めることで、自分を守る
• 「それでも好きかどうか」を、少し時間を置いてから見直してみる

揺れることは悪いことではありません。
揺れの中にこそ、あなたの本音や本当の願いが潜んでいることもあります。

こうした思考の癖は、自分ひとりでは気づきにくいこともあります。
長い間無意識で繰り返してきたパターンであればなおさら、言葉にするのが難しく感じるかもしれません。

そんなときは、ぜひカウンセリングで一緒に、ゆっくりと紐解いていきましょう。
揺れを責めるのではなく、「本当のあなた」を見つけていく時間になります。

自分がどうしたいのか分からなくなる理由は他にもあります。
たとえば「他人にどう思われるか」を気にして、動けなくなってしまうことも。
それについては、また次の機会にお話しします。

「私、分かっちゃうんです」でも、それって悪いことばかりでは?

人間関係が上手くいかない、パートナーも友人も性格が悪い人ばかりだ、という方、いませんか?

世の中には本当に意地悪な人はいるものです。ですが、意地悪だと思う人が一人や二人ではなく、「周りの人は意地悪な人しかいない」と言うご相談者の中には、実際には言われても意地悪をされていないことを、言われた、やられた、と思い込んでしまってることもあります。

そしてそのような方達がよく使う言葉があります。それは、
「私、わかるんです」やっぱりなと思って」「馬鹿にされたされている)」です。


例えば、彼氏がとても自己中心的で意地悪で苦しんでいるという方だとしたら
※この会話は例えでありフィクションです。
 
「彼が、お前の行きたい場所なんて行ってられない、とか酷いことを言うんです」

− それは、いつ言われたのですか? −

「私が行きたいところがあるのに、彼にその話をしてもわざと無視されました」

− どのように無視をされたのですか? −

「テレビにその行きたいところが映っていたのに、ゲームに夢中なふりをされて無視されました」

− その時にあなたは、「ほらここ!私が行きたいところだよ!」とか言いましたか? −

「わざと無視されてるので言えないですよ、無視して私が言えなくなるのを楽しんでいるんです」

− その場所に行きたいと何回彼に伝えたのですか?−

「一回ですが、絶対覚えているはずです」

− ではその時に彼が「お前の行きたい場所なんて行ってられない」と言ったのですか?−

「…言われてはいませんが、絶対にそう思っているんです」

− どうしてですか? −

私、わかるんです」「普段からそう(意地悪)されているので」

ですが、他の「こんなこともされた、言われた」というエピソードも、詳しく順を追って伺うとやはり具体的には何か言われたりやられてはいません。

− では、彼は何故あなたにそのような事をするのでしょうか? −

「私のことを馬鹿にしているから」

− どうしてあなたを馬鹿にするのですか? −

「…わからないけど、性格が悪い(彼の)からじゃないですか」


彼以外の親しい人の話を聞いてみても、やはり同じような事をされている、言われていると言い、
同じように、いつどのように言われたのか、やられたのかを聞くとやはり具体的な事実ないのです。

「こういうことがあったから、もしかしてと思ったらやっぱりそうで、」と説明してくださるのですが、これも詳しく聞くと実際にはやられておらず、自分の中で「もしかして」と思ったことをいくつか繋げて事実にしてしまっているのです。

これは、カウンセラーに説明する時に嘘をついているつもりもないですし、大袈裟に言っているつもりもありません。
相手は絶対にそう思っていると思い込み、実際に起こっていないことでも自分の中では真実になってしまっているのです。

– では、確実にそうだったわけではないですね −
「いやぁ、なんて説明したらいいのかなぁ、私にはわかるんですよ」

本人は”勘が鋭い”と思っているようなのですが他の色々なエピソードを伺っていると、相手からの気遣いや優しさはわかっていないことが多く、良いことをされたとしても「この間、意地悪をしたから機嫌をとっている」「騙そうとしている」と言います。

例えば「その服、この間も思ったけど凄く可愛いよね」と言われたら
「2回しか着てないのに同じ服ばかり着てると嫌味を言われた、この人は意地悪だ」と捉えてしまったり。

自分にとって良いことは見えず、自分を悪く思うことだけ勘が働くなんて悲しいですよね。

ですが、相手の事を散々意地悪だ、性格が悪いと悪く言ってはいても
もし「じゃあそんな意地悪な人とは離れてしまえば?」と言ったとしたら、それは嫌なのです。

何故ならばこのような方が「意地悪をされる」と言う相手は自分こそが離れたくない人だからです。

離れたくないからこそ、もし嫌われたり浮気されるようなことが起こって傷付いてしまうなら、傷付く前に先回りして気がついておきたいという防衛本能から、離れたくない人にほど悪く捉えてしまうのです。

これは、悲しいことに幼い頃から愛情を感じ、安心して成長できなかったことが原因に多く、自己肯定感が低さから無意識に「私は馬鹿にされる存在であり、人から大切にされるはずはない」と思い込んでいるからです。

誰とでも付き合い始めはいいのですが、根底に『こんな自分は大事にされるはずがない』との思いがある為、無意識に自分が大事にされていない証拠のようなものをいつも探し続けています。そして親しくなるにつれて自分に不都合な些細なことがあると『やっぱりね(私の事は大事にしてない)』と思い、実際には言われてもいないことも『言われた』『やられた』と思い込みます。そのほうが自分の中ではしっくりくるのです。
 
また、自分は受け入れらていないとの思いから、自分の要望を相手に伝える勇気がありません。

前述の例えの会話の中で、”彼に自分の行きたい場所をもう一度言う”すら言えないのも、自分なんかの願いなんて聞いてもらえないと思うので伝えないまま不満を募らせます。

そうして周囲には意地悪な人ばかりいると思っているので常に愛情に飢えています。
誰かから少しでも優しくされたりすると直ぐに『やっと安心できる人をみつけた』と思いますが、少しして些細なことでも嫌な事だと思われる出来事があると『やっぱりこの人も』となり、『私の周りには意地悪な人しかいない』と思いこむ悲しい悪循環になっている方もいるのです。

相手からされた嫌なことばかりに「やっぱりね」とよく思い、よく考えてみるとそれは自分の勘からそう思っていることがある…と言う方は一度お話に来てみませんか。何故あなたが馬鹿にされ意地悪ばかりされる存在なのか、そう思ってしまうのかを一緒に紐解いていきましょう。

「不幸な人」だと思われたくなかった

風邪気味だったような気がするけど仕事を休むほどではなかった、なのに休日になった途端悪化してしまったという経験はありませんか?こうなってしまうのは、無理をしていて悪化してしまったということもありますが、仕事中には気が張っていて症状を気にしていられなかったということもあります。

今回のクライアントさんも心身ともに忙しい日々が続き、忙しさから開放されると急に体の不調に気づき、同時に心がとても疲れてしまうことがあり悪化してしまったケースです。

60代 女性 無職
【ご相談内容】
ご主人が2年間の闘病の末、死去。主人が亡くなってから少しして自分も病気になり、最初の病気になってから次々と他の症状が増えていく。現在の病名は7つ。心療内科や精神科も勧められたので通ったら不安障害になっていると言われ、また病気が増えてしまった。医者からは「心配し過ぎないほうがいい」と言われるが不安でたまらない。医者も信じられない。どうして良いのか分からない。病院は4回変えている。(お子さんの性別は伏せます)

電話カウンセリング60分

一人暮らし。持ち家でご主人が財産を残してくれたこともあり生活は困っていないそうです。

ご主人の看病をしていた時に、今の症状はありましたか?とお聞きすると「ありませんでした」と言います。

主な症状はめまい、高血圧、吐き気、微熱、動悸、背中の痛み、不眠でしたが精神的なものではない病名もついています。

お医者さんはどの病についても「薬を飲んで様子を見ましょう」と言うが、どの症状も薬を飲んでも一向に良くならないそうです。



関係ないようですが、どのような友人がいるのか、友人関係についてお聞きしました。
すると、

「主人が亡くなってから友達や近所の人達に会うと『どうしてるかと思ったけど割と元気そうじゃない!』とか『元気出してよ!』と言われる。家にいれば『外に出なきゃダメよ』と友達が訪問してくるから疲れる。体調も悪いから誰とも話したくないし、会いたくない」

善意なのでしょうが少し鬱陶しいですね、と言うと、

「そうなんです!普通にしているだけで、『その調子!』とか言われるし」

ご近所さんの話をしている途中で話してくれましたが、ご主人が亡くなる一年半前にお子さんが癌で亡くなり、お子さんとご主人の看病が重なっていた時期もあったそうです。

「周りの人から子供に続いて主人が亡くなってしまうなんて可哀想にって言われるし、そんなこと言われてもなんて答えていいのか分からないし」

善意だとは分かっていても、あまりにも励まされたり同情されると「不幸な人」だと思われているようで嫌ではないですか?

「そうなんです、本当にそうなんです!子供と夫が亡くなって皆んなから不幸な人と思われているようで。(命って)そういうものじゃないでしょ!だから外にも出たくないのに、不幸なことがあったから元気がないと思われるのも嫌で、」と泣き出してしまいました。

人生は長さよりも濃さで、長く一緒に居たかったとは思っても、短いから不幸ってことはないですよね。と言うと、お子さんがどれだけ豊かで幸せな経験をしたか、本人も自分は幸せだと言っていたと話してくれました。


家族が亡くなったことで「可哀想に」と言われ、そのうえ自分までが病気になったら、「不幸な人だ」と思われそうで嫌だからと、体調の悪いところは早く治さなきゃと必死になっていませんでしたか?とお聞きすると

「あります。今思えば、だから悪くなる前に早く治さなきゃと思っていたと思います、なのに病気は増えていくばっかりで、」

『不幸な人だと思われたくなかった』という気持ちが強かったことには今気がついたそうです。家族が病で二人亡くなったばかりなので「病=死」と考えてしまう怖さもありましたが、それよりも周囲の人から「不幸な人」「不幸な家」のように思われたら、お子さんとご主人のことを悪く言われているようで嫌だったそうです。

落ち着いてこられたので、お子さんが病気がわかった頃からのお話を伺うと、お子さんが入院してからは毎日病院へ通わなければいけない訳ではなかったけど心配で毎日行かなきゃ落ち着かなかった。お子さんの病気についてや、心配からの辛さはご主人とよく話していたのにご主人も癌になってしまった。それからは心も体も休まる日が無かったと言います。

そのような状態なら、めまいや動機はその頃から少しはあったのではないかとお聞きすると、やはりあったそうです。
最初にお聞きした時には「ありませんでした」と言っていましたが本当に思い出せていなかったのです。

お子さんの病気がわかってからずっと気遣い、心配し、心が落ち着かない状態で毎日病院へ通い、お子さんが亡くなってからも悲しむ間もなくご主人の看病をしている生活が続く中では、自分の体調は気にしていられなかったでしょうし、気がついたとしても、倒れてしまうようなことにならない限り休むなんて考えられず、病人を目の前にすると自分の症状くらい大したことないと思えてしまっていたからなのでしょう。

忙しさが無くなり自分にも目が向けられるようになったので急に体調が気になってしまったのでした。そこにきて家族が亡くなったことで近所の方から「可哀想に」と言われるのが嫌で、自分まで病気になったら何を言われるか分からないという焦りと不安から体調が悪化していました。
これは気にし過ぎなのではなく、家族をなくされてから周囲からのこのような言葉や同情に苦しむ人は多いのです。

善意からとはいえ、私は「心無い言葉」だと思います。善意20%くらいで後の80%は何も考えていない発言だと思うからです。中には「お祓いに行けば」と言った方もいたそうで、これはもう暴力です。誰かの人生を他人が「可哀想」「不幸」と決められるものではないのです。


「不幸な人だと思われたくなかった」と思っても仕方がなく、その思いから不安で焦っていたと言うことに気づかれると、お医者さんの話も信用できるようになったと仰り、改善されないので心配で増やしてもらった薬もあるので減らしてもらうことにするそうです。

友人やご近所さんからの励ましや同情された時の対処をアドバイスさせていただき、最後にはご主人がどのような人だったのかをお話ししてくださいました。ご主人はとても優しい方で、面白いし、お互いに何でも話せる友達のようでもあり、この歳でも大好きだったそうです。そんな男性と出会えたなんて本当に幸せな人生だなと思いました。

パートナーと死別され、友達とも話したくないという方は、パートナーと死別された方達の交流会が全国にあるそうなので「未亡人会」「没イチの会」で検索してみてください。※マグノリアは関係ありません

パートナーの自死・悲しみとは別の何かを思っても仕方ない

※ご本人の承諾を得ています
 女性 会社員 子供二人
【ご相談内容】
 子供の非行・問題行動

電話カウンセリング60分

ご相談内容はお子さんの問題行動でした。
友人を家に呼んではゲームをして大騒ぎする、返事をしない、何もいうことを聞かない等。
仕事で疲れているのに子供たちはいうことを聞かず、ストレスから体調も崩されてしまったそうです。

お子さんの様子を伺っている時に、半年前にご主人が自死されたことを話されました。
ご主人は繊細で自分勝手で弱い人だったそうです。
遺書には、奥さんには何の不満もなかったということと、感謝の言葉と「愛している」が沢山書かれていたそうです。

お子さんの問題行動はご主人が亡くなる前から始まっていたそうです。

お子さんの問題行動について、どれだけ疲れるかという話をされている時に、
「子供達がこんな状態だって分かっていたのに、私一人じゃどれだけ大変になるか分かっていたのに、なのに」
と仰ったので、
「申し訳ないですが、ちょっと恨みたくなってしまいますね」と私がいうと、

「そうなんです!そう思っていいんですか⁉︎ 私一人に子供達を残してどういうつもりなの⁉︎
ふざけんな、何が愛してるだ!と思ってしまって、でも亡くなった人にそんな事を思ってはいけないのかと思って、考えてはいけないと思っていました。周りの人もみんな慰めてくれるけど、主人の死は私の責任だと思われているんじゃないかとか気にして誰にも会いたくないし、もう本当に辛くて、残されて生きていくことがどれだけ大変か、自分だけ楽になってと恨んでしまう気持ちが強くて」

ご主人への文句を一頻り言った後、ご主人の良いところも沢山思い出して話されました。
もっと一緒に居たかった、子供達が巣立ってからある国に一緒に旅行しよう約束してたのに、と。

今とこれからの大変さを考えると悲しむ余裕もなかったのです。
お子さんの前でも茫然とはしても泣いてしまうこともなかったそうです。お子さん達も泣いたことはなかったそうです。

「悲しいけど、恨みたくなる気持ちもあった」これを認められてから、お子さん達の行動、お子さん達の様子もカウンセリングが始まった時に話されていた内容とは違い、冷静に見つめて話せるようになり、これからの改善策も話し合うことができました。

この方もそうですが、これからの大変さは事実なのに、死者に対しては悪いことを思ってはいけないと気持ちを抑えることで体調不良を起こしてしまうことは多いです。

例えば、身内の介護をしていた、元気になって欲しいと思っているのも事実。亡くなったら悲しいのも事実。でも介護生活が大変だったので亡くなってから「やっと楽になれるとホッとした自分もいた」

そうなると「自分は、早く死んで欲しいと思っていたのか⁈」と心の奥底で自分にショックを受け、無意識に「いつまでも元気がない自分いなければならない」と思っていた人もいます。

一つの出来事の中で、自分が思うことは一つではありません。時には真逆に思うようなことも出てきます。思ってしまうことは”思ってしまう”のだから仕方ないです。それでどちらかの気持ちが「嘘」になることはないのです。

誰かにわざわざ告白しなくてもいいので、自分くらいは自分の気持ちを正直に聞いてあげましょう。

「ダメ。絶対」ではなく「やりたくない」と思えるように

また薬物で芸能人が逮捕されましたね。
日本で薬物乱用防止啓発で使われている「ダメ。絶対」この標語。これってどうなんでしょう。

「ダメ」とは押さえることです。「やってはダメ!」と思わせるのではなく、
「そんなもの やりたくない」と本人が思うようにならなくてはならないと思うのです。


娘が中高校生の時に持ち帰った薬物乱用防止啓発資材の表紙には、
県のキャラクターのコバトンが怒った顔をして手(翼)をバッテンにしたイラストに、
「ダメ!ゼッタイ。」と書かれていました。

冊子を開いてみると「薬物を誘われても断ろう!」と書いてあります。薬物を勧めているのは、
昔の泥棒代表みたいな黒い帽子にサングラスに黒い上下の服を着た人のイラスト。
実際にこんな服装してる人、います?
こんな、いかにも「悪者です」という格好の人には近寄りもしないと思う。

悪人よりもむしろ、信用できてしまう者から勧められてしまうことの方が多いと思うので、
普通の服装の人や、普通の友達風のイラストの方がリアリティがあるし、
「親切で優しい人や仲の良い友達から誘われたとしても断ろう!」と書いた方がいいと思う。

イラストの吹き出しには「ダイエットに効果があるって誘われてもダメ!」
眠くならないから勉強に集中できるよと誘われても使っちゃダメ!」
脳がダメージを受ける等も載っていましたが、これでは
『使えば痩せられるんだ』『眠らないでいることができるんだ』という「情報」を、
わざわざ心のどこか(潜在意識)に入れてしまうことにもなります。

また、報道にも問題があると思います。

今、コロナ関連のニュースを見ても
『買い溜めはしないようにと喚起しても買い占めている人がいます
『外出自粛期間なのに外出している人がいます』 『コロナ疎開する人が増えている』
などの報道があると『買い占めてはいけない』 『外出してはいけない』と思う人もいれば、
そう報道されればそれるほど 「物が無くなってしまう」 「疎開」 という情報が入り、
『それなら買いに行かなきゃ』 『外出している人もいるなら外出しても大丈夫か』
『疎開、その手があったか』 と考える人もいます。


芸能人が薬物で逮捕された報道で発表される、薬物を始めた動機の「嫌なことを忘れたかった」は
嫌なことが忘れられるもの』という情報にもなるのです。

復活できたという芸能人の報道も、更生施設の情報も
薬物を使ったとしても、頑張ればやめられるんだな』という情報にもなる。
だから、更生への希望の情報も、中毒になった本人や周囲の人だけが調べて知れば良い。


現在の子供向けの薬物乱用防止啓発資材は少し変わったかなと思って調べてみたのですが、
コバトンではなく、もっと可愛い(?)キャラクターになっていました。

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「ダメ。ゼッタイ君」と「ダメくまくん」


「子供にショッキングな内容は見せないで」と言う親も多いので批判されないよう、
このキャラクターは生まれたのでしょうか?
可愛いキャラクターなら内容に興味を持ってくれるだろうという狙いなのでしょうか?

どちらにしても本気で子供に薬物の恐ろしさを教える気があるのか疑問に思ってしまう。
あまりにも人の心について考えていないと思う。

私は薬物をやりたいと思ったことがないです。「やりたくない」のです。その一番の理由は、
小学生の頃に観た、薬物中毒患者のドキュメンタリー番組で薬物の恐ろしさを知ったからです。

独房のような狭い部屋に青い服を着た男性がいて、それだけでも異様な雰囲気でした。

カメラが男性に近づき、男性の手がアップになると親指以外の指がありません。

レポーターが指について聞くと、男性は「お手々ね、ばっちいからナイナイしたの」と答えました。
幻覚症状が出ている時に自分で指を切り落としてしまったそうです。
脳がおかしくなっているからか話し方も子供のようでした。

子供の私には「自分で自分の指を切断してしまった」というのはとてもショックでした。

指なんて少し傷がついただけでも痛いのにそれを自分で?! そんなにおかしくなっちゃうの??
どうして薬物なんて始めたのだろう・・・?
この人は、初めて薬物を使う時には自分がこんな事になるとは思わなかったよな、
こんな風になりたいと思うわけないもんな、
使っても好きな時にやめられると思ったのかな?

子供ながらに色々と考えさせられました。とにかく強く感じたのは「恐怖」
薬物なんて「絶対やりたくない」と思いました。

もし一度だけという誘惑があったと想像しても、一度でやめられる自信がないのでやりたくないです。

中毒になるつもりで薬物を始めた人なんていないと思うので、中毒の人だってきっと最初は
「中毒になんてなるわけない」「一回でやめられる」「上手くコントロールできる」
という自信があったのに中毒になったのでしょうから、
「コントロールできないもの」だと思うからやりたくないのです。

それも幼い頃に観た、あのショッキングは映像で強く「やりたくない」と思え、
「コントロールできない恐ろしいもの」だと知ったからです。

子供にショッキングなものを見せたくないという人も多いですが、
私は、時にはショック(恐怖)の方が理解しやすいものもあると思います。

中毒患者の「怖い映像」は、少し大きくなれば自分で検索して見ることはできるでしょうが、
大きくなった頃には「エンターテインメント」としてしまい他人事のような感覚でしか観れないと思います。

だから、ショックは幼い頃、小学校でこそ可愛くも親しみやすくもない「怖いだけ」の映像と、
抜け出そうとしても抜け出せない、何の希望もない薬物を使った人の末路を、
薬物乱用防止啓発資材といて見せたほうがいい、そう思うのです。本気で薬物中毒を減らしたいと思うのなら。

子供の話を聞くとき「困ったこと」より「嬉しかったこと」に注目すべき理由

親は「困った話」に反応しがち

子供との会話の中で、成績が良かった、賞を取ったといった特別な出来事だけでなく、
「楽しかったこと」「嬉しかったこと」を話してくれる瞬間があります。

ところが、そうした話は「そう、よかったね」と軽く流してしまう一方で、
先生や友人の不満や悩みを口にすると、つい「なに?何があったの⁉︎」と身を乗り出してしまうことはありませんか?

親が心配で冷静さを失ってしまうのは自然なことですが、実はその反応が子供に大きな影響を与えることがあります。


親の反応が子供の「出来事の意味づけ」を変える

本来は軽い愚痴だったとしても、親の強い反応を通して、子供は出来事を大げさに捉えてしまうことがあります。

  • 「そんなに大変な出来事だったのかもしれない」
  • 「自分はひどいことをされていたのかもしれない」

心理学でも、親の反応は子供の自己評価や対人関係の捉え方に強く影響することが知られています。

その結果、先生や友達を見る目が変わってしまったり、自信をなくして萎縮してしまうこともあります。


話を大げさにしてしまう子供たち

友達との喧嘩であっても、子供が少し話し始めただけで、親が相手を悪者扱いしてしまうことがあります。
本当は「ただ話を聞いてほしかっただけ」なのに、親の勢いに押されて引っ込みがつかなくなり、話を大げさにしてしまうことがあるのです。

また、親が強く関心を示したこと自体を嬉しく感じてしまい、
無意識のうちに「困っている自分」を演じ続けるようになる場合もあります。


逆に「話せなくなる」こともある

一方で、「心配をかけてはいけない」「困っている自分を見せるのは恥ずかしい」と感じるようになり、
困ったことがあっても親に相談できなくなるケースもあります。

つまり、親の反応の仕方によって、

  • 子供が困っている姿を誇張する
  • 逆に困っていることを隠す

という両極端な方向に傾いてしまうリスクがあるのです。


困った話より「嬉しい話」に注目を

もちろん、子供が本当に困っているときは冷静に耳を傾ける必要があります。
ただし大切なのは、「困った話」ばかりに強く反応しないことです。

子供が困ったことを話したときは、まずは騒がず、口を挟まず、最後まで冷静に聞く。
そして、何気ない「嬉しかった話」「楽しかった話」こそ、一緒に大げさに喜んであげる。

その積み重ねが、子供にとって安心感や自己肯定感を育てることにつながります。


ご相談を考えている方へ

子供との会話で「どう対応したらいいのだろう」と迷う親御さんはとても多いです。
カウンセリングでは、一人で抱え込まずに、お子さんとの関わり方を一緒に整理しながら、安心できる親子関係を築くお手伝いをしています。

「つい強く反応してしまう」「子供の話をどう受け止めればいいか分からない」
そんなときは、一度ご相談ください。
→[カウンセリングの詳細・ご予約はこちら

お嬢さんからお母様のカウンセリングのお申し込み

今日のクライアントさんは70代の女性。
電話カウンセリングで、ご相談内容は度重なる体調不良についてでした。病名は七つ。心因性のものと診断されたのは一つです。

この方の症例はまた別に書きますが、カウンセリングは1時間で終了しました。

終了後には「ああ、本当にスッキリしました」と仰ってくださり、その後に「娘に、ここに電話しなさいって言われた時は、電話なんかしたってどうにもならないって思ってたんですけど、電話してみて本当に良かったです~!」と、お嬢さんに勧められたことを教えてくれました。

考えてみたら、今までに息子さんから お父さんやお母さんのお申し込みをということも、お嬢さんからお父さんのお申し込みというのも無いですが、60代~70代の女性はお嬢さんがお申し込みをしてくれたという方が多いです。

娘さんからのお申し込みといえば二年前に不思議で面白い出来事がありました。

お昼頃、女性から電話があり

女性:「あの、今、○○神社の前にいるのですが、そちらは(マグノリア)ここの近くですか?」

ホームページの地図にはおおよその場所と町名までしか載せていないのですが、その時のセッションルームはとても小さな町にあったので、町内ならどこでも近いことが分かります。

その○○神社は、マグノリアから歩いて1分の場所でした。

私:「ええ、ここは神社を曲がって直ぐに在る○○ビルですよ。カウンセリングのお申し込みですか?」

女性:「いえ、あの、母が。 あ、○○ビルが見えてきました。何号室ですか?」

女性は歩きながら話しているからか、息遣いが少し荒いです。


私:「お母さまのカウンセリングのお申し込みでしょうか?」

女性:「あの、母は80代なんですが、80代でもカウンセリングを受ける人はいますか?」

私:「80代の方は初めてですね。70代後半の方はいらっしゃいますよ」

女性:「あの、今カウンセリングをやっていますか?」

私:「いえ、でも後1時間したら予約されている方がいらっしゃいますので、今からは無理なのですが」

女性:「いえ、あの、母がカウンセリングというものを受けてみたいけど、その前にどんなものなのか、カウンセリングをやっているところを見たいと言ってるんですが。あ、今、前につきました。1時間待ってもいいので見せてもらっていいですか?」

他の方がカウンセリングを受けているのを見学させて欲しいということでした。

聞いたままを考えたら意味は分かるのですが、一瞬いたずら電話かとも思いました。

でも、電話で話している合間に女性が「ちょっと待ってよ、」など、お母さんらしき人物に話していて、何を言っているかまでは分かりませんでしたが年配の女性の声も聞こえたので本当なんだと思いました。
目の前まで来てくださったのに申し訳なかったですが、なぜ見学が駄目なのかと、カウンセリングとはどのようなものかを説明させていただきお断りしました。

電話を切った後、
二人は家を出る時から、これ(見学)を目的に出てきたんだろうか?
それとも出かけている最中に思いついたのかしら??と考えてしまいました。

気持ちの整理と確認の大切さ(クライアントさんのご報告から)

カウンセリングを受けようか迷っている方の中には、
「自分で散々考えても解決できなかった事を、人に話したところでどうにもならない」
と思う方もいるかと思います。

これは先日クライアントさんが言っていたことですが
「(悩みに関しての)今まで色々な本を沢山読んだんですがね、(解決しなかった)」

これは私もですが、悩みがあり自分で散々考えたとしても、
頭で考えているだけでは、明確に何をどうしたいかまで至っていないことが多いです。

本を読んでも、人は無意識に自分に都合の良い部分だけしか頭に入らない、入れていないことも多く、
それでは今までの「自分だけの考え」に何もプラスされていないということなのです。

カウンセリングとは、カウンセラーがただお話を聞いているだけではありませんが、
利害関係のない人間と対話することにより、頭の中にあったものを外に出します。

言葉にする=頭の中から外に出す
カウンセラーに説明する=並べる・整理

こうすることにより、今の自分を客観的に見つめ、状態をしっかりと意識でき
自分はどうしたいのか、整理することができるのです。

例えば「彼にふられて辛い」という人は「辛い」までは自分でも分かるでしょうが、
「何がどう辛いのか? どうだったら良いのか?」と質問されたら答えは人によって違います。

気持ちの整理と確認とは、自分のことだから分かっていると思ってしまうからこそ難しいのです。

先日症例をお願いしたクライアントさん「誰も悪者がいない中で」からご報告のメールをいただいたのですが、
気持ちの整理と確認の大切さを実感されたことと、自分が行動したことにより得たものについても書いてあり、
素晴らしいご報告でしたのでご紹介させていただきます。

※お見せ出来ない内容をたくさん削除しているので読みにくいかも知れません。

>先生へ
>こんにちは。○○のAです。
>先日は楽しいセッションをありがとうございました。やはり直接お会いできてよかったです。
>その後のことはご報告しますね!と約束しましたので、お知らせいたします。
>(Aさんがある行動を起こした事)精一杯でしたが、そこには「私が******した。」という事実が生まれました。(省略)
>なににせよ、ずっとモヤモヤしていた一歩を勇気をもって踏み出すことができたのは、先生とお話しできたことが最後の後押しとなったことに間違いはありません。
>その後の先生のブログも読ませていただいて、改めてとても勉強になりました。
>中でも、「人の気持ちを失うことの怖さ」が無かったぶん。というのが印象的でした。
>振り返ってみると本当にその通りです。
>そしてまた一つ、子供の頃にあったことを思い出しました。(学生の頃にあった出来事が書いてありました)
>もうそのようなことはしたくない。と思って周りにいる人に対して、よくもわるくも全部気持ちを言ってしまったり、そうなる前にもう自分から距離を置こうという行動をしてしまったりするもかもしれないな。
>なんてことも思いました。
(カウンセリングを受けた後は、終わってからもどんどんと自分の気持ちに気づくことが続きます。)

>もしかしたら、その頃から「人の気持ちを失うこと」にはじめて触れてそれを今まで引きずってきたのかもしれません。
>とても悲しかったのだと思います。
>本当に誰も悪者がいない中だったからだと思います。
>先生とお話して、とてもヒントになったり整理できたり再確認することの大切さを学びました。
>本当にお会いできてよかったです。
>またきっとお顔を見にゆきます。
>とりいそぎ、ご報告まで。
>(ご報告ですので、もちろん返信などは不要です。)
>A

Aさん、ありがとうございました。

気持ちの整理と確認は、自分の思う事をなんでも良いので紙に書き出しても効果があります。
しかし紙に書くのでさえも無意識に「こんなこと思っちゃいけない」「こんなこと思ってしまう自分は嫌だ」
「恥ずかしい」という気持ちが出てきて、書きたいのに書けないこということがあります。

そのようなときはカウンセリングをご利用ください。

誰も悪者がいない中で②

「誰も悪者がいない中で」の続きです。

「親を一度も嫌だと思ったことがない」という人は、大きな愛情に包まれて伸び伸びと育ちます。
他人に意地悪もされたとしても悪く捉えないので、多少のことでは傷付くこともありません。

嫌なことがあったとしても引きずる事もないのは、絶対的な味方(親)がいるので何も怖くないのです。

自分が人から受け入れられるのは当たり前だと思っているところもあり、無理に人から好かれようともせず、どこかで「自分に害を与える人間はいない」とも思っています。人から嫌われる怖さも、人を失う怖さも知りません。

気持ちを察してくれる親になれているので、他人に気持ちを伝える必要性もわかっていないところがあります。

不機嫌な時は誰の前でも不機嫌な態度のままで居れ、嫌なことがあればNOもはっきり言えます。
感じたことは素直に口に出して、それによって他者が傷つく事もあると考えられない。

人を信じる力が強いので、他人とある程度仲良くなると急に家族と同じような接し方をしてしまうことがあります。


彼がAさんと別れた理由は「Aさんの気持ちが分からないから」でした。

Aさんは、この彼と付き合うまでに、他の男性とも付き合ったことがありますが、
みんな何となく友達の延長として付き合っていただけで「好き」と思うこともなかったそうです。
振られたこともありましたが、あまり悲しいとも思わなかったそうです。

でも彼のことは「好き」と言葉にすると薄っぺらく思えて言いたくないほど大好きだったのです。
彼はAさんにいつも素直に気持ちを伝えていてくれていましたが、
Aさんから彼に気持ちを伝えたことは殆どありませんでした。

伝えようとしても好き過ぎて言えなかったのと、時々彼の前で話せなくなってしまうことがあったので、
気持ちを聞かれても上手く答えることができなかったそうです。

彼の話をしている時に、Aさんは中学生の時に親友が離れていった時のことを思い出しました。
その時の出来事が彼と話せなくなることに関係していたのでした。

親友が離れて行った時のことを思い出すと、彼を失うのが怖くなり急に何も話せなくなってしまったそうです。
でも、演奏について話すときは何も考えずに彼とぶつかり合えたそうです。


中学生の時の親友が離れていった理由は、当時のAさんは全くわからなかったので
何度か本人に直接聞いたそうなのですが、何も教えてくれずに避けられてしまったそうです。

他にも仲の良い友達はいたので、あまり気にしていなかったそうなのですが、今思えばその頃から
理由の分からない恐怖が込み上げてくることが時々あったそうです。

数年後、人伝に聞いた理由は、
Aさんは親友に「私以外の子と仲良くしないで欲しい」と伝えたことがあったそうです。
Aさんは悪気もなく、思ったことをそのまま伝えたのでしたが、親友からすると、
「Aさんは他の友達とも仲良くするのに、自分には他の子と仲良くしないでと言われるのが嫌だった」
「Aさんからは傷つくことを何度も言われていた、勝手なAさんに合わせるのが嫌だった」
と言っていたそうです。

それまでのAさんは「人から嫌われたのかも」と考えたこともありませんでした。

親友が離れていったのは自分の言動が原因だったと知りショックを受けたけど、
「なら、どうしてその時に嫌だと言ってくれなかったんだろう」とも思ったそうです。

自覚はありませんでしたが、初めて受けた「人が離れていく経験」はAさんの心に大きな恐怖を残していました。
普通の友達とは無難に過ごすことができていたので忘れていましたが、
家族以外で初めて好きだと思ったのはこの親友で、その次が彼だったのです。

彼と別れ、気持ちも不安定な時に大好きなお父さんが亡くなりました。

このような状況では辛くて寝込んでしまう事もあると思うのですが、
Aさんは長子(一番上の子)なので、残された母、兄弟を思うととても辛く、
自分が支えなければと必死に考えていたのでAさん自身は十分に悲しむ事もできずにいました。

気丈に振る舞っていても、彼との別れや父親の死の悲しみから心身ともに疲れ
これ以上傷つきたくないのと、気持ちが離れて言ってしまう別れもも、亡くなってしまっての別れも
もう経験したくないので、仲良くなりそうな人とは「また失うことになるのでは」と不安になり
距離を置いてしまっていたのでした。

彼と新しく組んだ女性の奏者との演奏で嫉妬するのも当然の事なのですが、
ショックが続いてもしっかりしてようと思うあまり、自分の気持ちがわからないままで
苦しい気持ちの原因を探しているうちに「自分はこんな性格だ」と思い込んでしまったのです。


悲しいことですが、お父様の死やこの恋愛が今まで気が付かなかった色々なことに気付く
きっかけにもなったと仰っていました。
「このままでは嫌な事」の改善の為、これからどうしていくか方向性も決まりました。

離れていった元親友とは、昔のことのようでも強く気持ちが残っているので連絡をとって
一度お話をしてみることを提案させていただきました。

別れた彼のことは、別れて悲しいと素直に認められ、復縁を望むかはわからないけれど、
どうして気持ちを伝えられなかったのか、は話してみるそうです。

誤解されそうですが、このような方達は親が甘やかして育てたからではなく、
親子の仲が良かっただけで仲が良いと問題が起きやすくなるわけでもなく、
誰も悪い人がいなくても問題が起こることがあるのです。

Aさんはお申し込みの時点で最後にはしっかりと「改善したい。」と書いています。
どう育ったのだとしても、大事なのは「自分で自分をどうにかしたい」と思うことなのです。

余談ですが、この方はなんと伊豆諸島から埼玉県のここ、マグノリアまで来てくださいました。
遠くからお越しいただき「来てよかったです!」と仰っていただけたので嬉しかったです。
ありがとうございました。

このクライアントさんからのご報告:「気持ちの整理と確認の大切さ」

多くないと思われる結婚のかたち

多くないと思われる結婚をされた女性は、同じような悩みを抱えてしまうことがあります。

多くないと思われる結婚とは

  • 妻が高給で安定している仕事をしている。会社を経営をしている。
  • 夫が、まだ成功をしていないアーティスト
  • 夫が外国の方
  • 夫が起業を考えていて、その途中、など

この女性達の同じような悩みとは

「旦那さんに対して理由が分からない不安がある」
「些細な事で旦那さんに辛くあたってしまう自分が嫌、辛い」
「旦那さんに不安になり取り乱してしまう」
「旦那さんに依存してしまう」

「自分はどこかおかしいのではないか?」と思い、自分を責めているのですが、

どうしてこのようになってしまうかは「周囲の人間への嫌な気持ち」に無自覚のまま、嫌な気持ちだけを旦那さんにぶつけていたことが多いのです。

「結婚のかたち」や「夫婦の在り方」とは人それぞれ自由なのですが、「こう在るべき」「これが普通」と思っている方も多いと思います。

思うだけなら誰にでもあるでしょうが、「普通」と言われるものと「違うことをした人」のことを、心配する人もいれば、勝手に噂をする人もいます。

また、「 自分では出来ないようなことをやっている人 」がいると許せないのか、羨ましいのか「そんなの上手くいくはずない 」と思いたくて、どこかで「上手くいかないこと」を願っている人も悲しい哉います。

そのような人達が、女性が経営者、高給で安定している職業というとご主人の収入がどうあれ「旦那さんはお金目当てで結婚した」と噂したり、

国際結婚は、親に反対されたという方もいますが、親は祝福しているのに、親の友人やご近所の方が「国際結婚なんて大丈夫なの?」と、しつこく聞いてくるという方もいました。

旦那さんがまだ成功はしていないアーティストだと、生活に困っているだなんて言ってもいないのに「大変よね」「利用されているんじゃない?」「騙されているんじゃない?」
子供をもたない選択をすると「子供は、作れないよね(稼ぎ頭がいなくなるから)」と言われたこともあるそうです。

このように、多くないと思われる結婚をされた女性は、勝手に旦那さんの性格を決めつけられたり、奥さんが苦労しているように言われたという方が多いのです。

でも彼女達は、そんな周囲の人に対して『なんでそんなこと言うんだろう?』と疑問を持ったり怒りもしていないのです。

『そう思う人がいるのも分かる 』と理解しているからです。『多くない夫婦のかたち』だとも知っています。
なので『そう言われても仕方ない』という気持ちを持っているのです。

でも、事実ではない勝手なことを言われるのは、やはり嫌なのです。 当然でしょう。
「腹が立つと思うのすら悔しい」という人もいました。

「本当に幸せなら そんなの気にならないはず 」なんていうのは理想論で、「嫌なこと」を言われたら、嫌だ、悔しい、腹が立つと感じるのは当然です。

そして、人間とは同じようなことを2人にでも言われたら、皆からも同じように思われていると思ってしまうものなので、

「上手くいかないだろう」「この先きっと何かあるだろう」「長く続かないだろう」と、みんなが思っていると思ってしまうのです。そうなると『もし離婚なんてしたらみんなから何を言われるかわからない』と無意識に怖くなります。

『 絶対に離婚するようなことになっては駄目だ 』と無意識に強く思い過ぎてしまい、夫婦には当然あるような、ちょっとした意見の違いや、旦那さんの小さな欠点を見つけると「すごく不安になり取り乱してしまう」「文句を言いたいのに、何を言っていいのか分からない」となってしまうのです。

「周囲からは何を言われても仕方ない」と諦めているので、自覚できていない「周囲への不満」が、旦那さんに対して「貴方がそんなんじゃ、周りから何か言われてしまう」と言う想いになり、

旦那さんに文句を言いたくなるけど、潜在意識では旦那さんが悪いのではないのを分かっているので、何を言っていいのか分らずに混乱してしまうのです。

「旦那さんに依存している」と思ってしまうのは、噂をしたり嫌な事を言う人達だけでなく、結婚を心配した人達にも、旦那さんのちょっとした愚痴を少しでも言えば『ほら、やっぱり』と思われるのが嫌で、誰にも何も話せなくなる為に孤独に陥り易くなります。そうなると「自分の味方は旦那さんだけ」という気持ちにもなるので依存していると思ってしまうのです。

「もしかして こんな想い(周囲の人に言われること等について)がありませんか?」とお聞きすると、

「ありました、離婚したら周りから何を言われるか分からないって、どこかでいつも思ってました」
「あります、気にしていないつもりだったけど、やっぱり嫌です」と言い、泣いてしまった方もいます。

アーティストを目指しながら家事を担当しているという夫を持つ女性は、カウンセリングが終わるころには開き直れて、

「私は家事が嫌いだし、彼に成功はして欲しいと思うのも、それは周囲の目を気にしてるからで、成功しないほうが他の女性にも取られる心配は無いし、本当は売れないで欲しいって思っています」と仰いました。どう思おうと自由です。

夫婦が納得しているのなら「そんなこと言っちゃいけない」「こういう結婚が幸せ」「こういう結婚は不幸」だなんて誰にも言えないのです。

旦那さんに対して不安が強かったり、辛く当たってしまう原因が判ったとしても、周囲への対処の仕方(勝手に噂させない、言われた時の対処法)もアドバイスさせていただいてます。

「仕方ない」と思うことでも「嫌なこと」は少ないに越したことはありません。「嫌だ」と思うことを「仕方ない」と諦め、見ないようにしていると、気が付かないまま大切な人に嫌な感情をぶつけてしまうことがあります。