「ダメ。絶対」ではなく「やりたくない」と思えるように

また薬物で芸能人が逮捕されましたね。
日本で薬物乱用防止啓発で使われている「ダメ。絶対」この標語。これってどうなんでしょう。

「ダメ」とは押さえることです。「やってはダメ!」と思わせるのではなく、
「そんなもの やりたくない」と本人が思うようにならなくてはならないと思うのです。


娘が中高校生の時に持ち帰った薬物乱用防止啓発資材の表紙には、
県のキャラクターのコバトンが怒った顔をして手(翼)をバッテンにしたイラストに、
「ダメ!ゼッタイ。」と書かれていました。

冊子を開いてみると「薬物を誘われても断ろう!」と書いてあります。薬物を勧めているのは、
昔の泥棒代表みたいな黒い帽子にサングラスに黒い上下の服を着た人のイラスト。
実際にこんな服装してる人、います?
こんな、いかにも「悪者です」という格好の人には近寄りもしないと思う。

悪人よりもむしろ、信用できてしまう者から勧められてしまうことの方が多いと思うので、
普通の服装の人や、普通の友達風のイラストの方がリアリティがあるし、
「親切で優しい人や仲の良い友達から誘われたとしても断ろう!」と書いた方がいいと思う。

イラストの吹き出しには「ダイエットに効果があるって誘われてもダメ!」
眠くならないから勉強に集中できるよと誘われても使っちゃダメ!」
脳がダメージを受ける等も載っていましたが、これでは
『使えば痩せられるんだ』『眠らないでいることができるんだ』という「情報」を、
わざわざ心のどこか(潜在意識)に入れてしまうことにもなります。

また、報道にも問題があると思います。

今、コロナ関連のニュースを見ても
『買い溜めはしないようにと喚起しても買い占めている人がいます
『外出自粛期間なのに外出している人がいます』 『コロナ疎開する人が増えている』
などの報道があると『買い占めてはいけない』 『外出してはいけない』と思う人もいれば、
そう報道されればそれるほど 「物が無くなってしまう」 「疎開」 という情報が入り、
『それなら買いに行かなきゃ』 『外出している人もいるなら外出しても大丈夫か』
『疎開、その手があったか』 と考える人もいます。


芸能人が薬物で逮捕された報道で発表される、薬物を始めた動機の「嫌なことを忘れたかった」は
嫌なことが忘れられるもの』という情報にもなるのです。

復活できたという芸能人の報道も、更生施設の情報も
薬物を使ったとしても、頑張ればやめられるんだな』という情報にもなる。
だから、更生への希望の情報も、中毒になった本人や周囲の人だけが調べて知れば良い。


現在の子供向けの薬物乱用防止啓発資材は少し変わったかなと思って調べてみたのですが、
コバトンではなく、もっと可愛い(?)キャラクターになっていました。

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「ダメ。ゼッタイ君」と「ダメくまくん」


「子供にショッキングな内容は見せないで」と言う親も多いので批判されないよう、
このキャラクターは生まれたのでしょうか?
可愛いキャラクターなら内容に興味を持ってくれるだろうという狙いなのでしょうか?

どちらにしても本気で子供に薬物の恐ろしさを教える気があるのか疑問に思ってしまう。
あまりにも人の心について考えていないと思う。

私は薬物をやりたいと思ったことがないです。「やりたくない」のです。その一番の理由は、
小学生の頃に観た、薬物中毒患者のドキュメンタリー番組で薬物の恐ろしさを知ったからです。

独房のような狭い部屋に青い服を着た男性がいて、それだけでも異様な雰囲気でした。

カメラが男性に近づき、男性の手がアップになると親指以外の指がありません。

レポーターが指について聞くと、男性は「お手々ね、ばっちいからナイナイしたの」と答えました。
幻覚症状が出ている時に自分で指を切り落としてしまったそうです。
脳がおかしくなっているからか話し方も子供のようでした。

子供の私には「自分で自分の指を切断してしまった」というのはとてもショックでした。

指なんて少し傷がついただけでも痛いのにそれを自分で?! そんなにおかしくなっちゃうの??
どうして薬物なんて始めたのだろう・・・?
この人は、初めて薬物を使う時には自分がこんな事になるとは思わなかったよな、
こんな風になりたいと思うわけないもんな、
使っても好きな時にやめられると思ったのかな?

子供ながらに色々と考えさせられました。とにかく強く感じたのは「恐怖」
薬物なんて「絶対やりたくない」と思いました。

もし一度だけという誘惑があったと想像しても、一度でやめられる自信がないのでやりたくないです。

中毒になるつもりで薬物を始めた人なんていないと思うので、中毒の人だってきっと最初は
「中毒になんてなるわけない」「一回でやめられる」「上手くコントロールできる」
という自信があったのに中毒になったのでしょうから、
「コントロールできないもの」だと思うからやりたくないのです。

それも幼い頃に観た、あのショッキングは映像で強く「やりたくない」と思え、
「コントロールできない恐ろしいもの」だと知ったからです。

子供にショッキングなものを見せたくないという人も多いですが、
私は、時にはショック(恐怖)の方が理解しやすいものもあると思います。

中毒患者の「怖い映像」は、少し大きくなれば自分で検索して見ることはできるでしょうが、
大きくなった頃には「エンターテインメント」としてしまい他人事のような感覚でしか観れないと思います。

だから、ショックは幼い頃、小学校でこそ可愛くも親しみやすくもない「怖いだけ」の映像と、
抜け出そうとしても抜け出せない、何の希望もない薬物を使った人の末路を、
薬物乱用防止啓発資材といて見せたほうがいい、そう思うのです。本気で薬物中毒を減らしたいと思うのなら。

子供の話を聞くとき「困ったこと」より「嬉しかったこと」に注目すべき理由

親は「困った話」に反応しがち

子供との会話の中で、成績が良かった、賞を取ったといった特別な出来事だけでなく、
「楽しかったこと」「嬉しかったこと」を話してくれる瞬間があります。

ところが、そうした話は「そう、よかったね」と軽く流してしまう一方で、
先生や友人の不満や悩みを口にすると、つい「なに?何があったの⁉︎」と身を乗り出してしまうことはありませんか?

親が心配で冷静さを失ってしまうのは自然なことですが、実はその反応が子供に大きな影響を与えることがあります。


親の反応が子供の「出来事の意味づけ」を変える

本来は軽い愚痴だったとしても、親の強い反応を通して、子供は出来事を大げさに捉えてしまうことがあります。

  • 「そんなに大変な出来事だったのかもしれない」
  • 「自分はひどいことをされていたのかもしれない」

心理学でも、親の反応は子供の自己評価や対人関係の捉え方に強く影響することが知られています。

その結果、先生や友達を見る目が変わってしまったり、自信をなくして萎縮してしまうこともあります。


話を大げさにしてしまう子供たち

友達との喧嘩であっても、子供が少し話し始めただけで、親が相手を悪者扱いしてしまうことがあります。
本当は「ただ話を聞いてほしかっただけ」なのに、親の勢いに押されて引っ込みがつかなくなり、話を大げさにしてしまうことがあるのです。

また、親が強く関心を示したこと自体を嬉しく感じてしまい、
無意識のうちに「困っている自分」を演じ続けるようになる場合もあります。


逆に「話せなくなる」こともある

一方で、「心配をかけてはいけない」「困っている自分を見せるのは恥ずかしい」と感じるようになり、
困ったことがあっても親に相談できなくなるケースもあります。

つまり、親の反応の仕方によって、

  • 子供が困っている姿を誇張する
  • 逆に困っていることを隠す

という両極端な方向に傾いてしまうリスクがあるのです。


困った話より「嬉しい話」に注目を

もちろん、子供が本当に困っているときは冷静に耳を傾ける必要があります。
ただし大切なのは、「困った話」ばかりに強く反応しないことです。

子供が困ったことを話したときは、まずは騒がず、口を挟まず、最後まで冷静に聞く。
そして、何気ない「嬉しかった話」「楽しかった話」こそ、一緒に大げさに喜んであげる。

その積み重ねが、子供にとって安心感や自己肯定感を育てることにつながります。


ご相談を考えている方へ

子供との会話で「どう対応したらいいのだろう」と迷う親御さんはとても多いです。
カウンセリングでは、一人で抱え込まずに、お子さんとの関わり方を一緒に整理しながら、安心できる親子関係を築くお手伝いをしています。

「つい強く反応してしまう」「子供の話をどう受け止めればいいか分からない」
そんなときは、一度ご相談ください。
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