揺れを認める

モノクロ

「自分がどうしたいのか分からなくなる」という人がいます。
その原因のひとつに、「なんでも白黒はっきりさせようとする傾向」があります。

たとえば、ある食べ物が大好きだったとします。
それを連日食べ続けていれば、当然飽きもくるでしょう。
また、その日の気分によって「今日は食べたくない」と感じることもあるはずです。

ところが、そういうときに「私はもうこれが嫌いになった」と極端に判断してしまう。
さらにはそれを周囲に口にしてしまう。
すると、後になってまた食べたくなったとしても、どこかで抵抗を感じてしまい、結果的に食べなくなってしまうのです。

こうした判断は、たかが食べ物のこと、たいしたことのないように思えるかもしれません。
けれども、日常の小さな場面でこうした思考の癖が積み重なると、気づかないうちに「揺れることを許さない」自分ができあがってしまいます。
そしてそれが、もっと大きな選択や感情の揺れに直面したときにも、同じように極端な結論を出す癖につながっていくのです。

これは趣味や仕事など「好きなこと」に対しても同じことが言えます。
最初は夢中になって取り組めても、疲れたり、うまくいかなかったりする時期は誰にでも訪れます。
しかし、そこで「自分には向いていない」「やっぱり好きじゃなかった」と結論づけてしまい、手放してしまう。
これを繰り返していると、自分が本当に何を好きなのか、次第に分からなくなっていくのです。

大切なのは、
「今は疲れているだけかもしれない」
「今日は気分が乗らないだけかもしれない」
といった、自分の“揺れ”を受け入れることです。

その物事自体を否定するのではなく、自分の内側にある一時的な感情として認識する。
そうすることで、自分に振り回されることなく、本当にやりたいことにまっすぐ向かうことができるようになります。

あなた自身は、どうですか?

かつて好きだったのに、少しうまくいかなくなっただけで「やっぱり違った」と手放してしまったものはありますか?
それは本当に「向いていなかった」のでしょうか。
それとも、一時的な疲れや迷いの中で、判断を急いでしまっただけかもしれません。

「揺れている自分」と付き合う小さなヒント

迷いや疲れを感じたときは、無理に答えを出そうとせず、まず「今の気分」をそのまま受け止めてみてください。

たとえば──
• 日記やメモに「今の気分」を書き出す
• 「今日はやらない」と一旦決めることで、自分を守る
• 「それでも好きかどうか」を、少し時間を置いてから見直してみる

揺れることは悪いことではありません。
揺れの中にこそ、あなたの本音や本当の願いが潜んでいることもあります。

こうした思考の癖は、自分ひとりでは気づきにくいこともあります。
長い間無意識で繰り返してきたパターンであればなおさら、言葉にするのが難しく感じるかもしれません。

そんなときは、ぜひカウンセリングで一緒に、ゆっくりと紐解いていきましょう。
揺れを責めるのではなく、「本当のあなた」を見つけていく時間になります。

自分がどうしたいのか分からなくなる理由は他にもあります。
たとえば「他人にどう思われるか」を気にして、動けなくなってしまうことも。
それについては、また次の機会にお話しします。

「私、分かっちゃうんです」でも、それって悪いことばかりでは?

人間関係が上手くいかない、パートナーも友人も性格が悪い人ばかりだ、という方、いませんか?

世の中には本当に意地悪な人はいるものです。ですが、意地悪だと思う人が一人や二人ではなく、「周りの人は意地悪な人しかいない」と言うご相談者の中には、実際には言われても意地悪をされていないことを、言われた、やられた、と思い込んでしまってることもあります。

そしてそのような方達がよく使う言葉があります。それは、
「私、わかるんです」やっぱりなと思って」「馬鹿にされたされている)」です。


例えば、彼氏がとても自己中心的で意地悪で苦しんでいるという方だとしたら
※この会話は例えでありフィクションです。
 
「彼が、お前の行きたい場所なんて行ってられない、とか酷いことを言うんです」

− それは、いつ言われたのですか? −

「私が行きたいところがあるのに、彼にその話をしてもわざと無視されました」

− どのように無視をされたのですか? −

「テレビにその行きたいところが映っていたのに、ゲームに夢中なふりをされて無視されました」

− その時にあなたは、「ほらここ!私が行きたいところだよ!」とか言いましたか? −

「わざと無視されてるので言えないですよ、無視して私が言えなくなるのを楽しんでいるんです」

− その場所に行きたいと何回彼に伝えたのですか?−

「一回ですが、絶対覚えているはずです」

− ではその時に彼が「お前の行きたい場所なんて行ってられない」と言ったのですか?−

「…言われてはいませんが、絶対にそう思っているんです」

− どうしてですか? −

私、わかるんです」「普段からそう(意地悪)されているので」

ですが、他の「こんなこともされた、言われた」というエピソードも、詳しく順を追って伺うとやはり具体的には何か言われたりやられてはいません。

− では、彼は何故あなたにそのような事をするのでしょうか? −

「私のことを馬鹿にしているから」

− どうしてあなたを馬鹿にするのですか? −

「…わからないけど、性格が悪い(彼の)からじゃないですか」


彼以外の親しい人の話を聞いてみても、やはり同じような事をされている、言われていると言い、
同じように、いつどのように言われたのか、やられたのかを聞くとやはり具体的な事実ないのです。

「こういうことがあったから、もしかしてと思ったらやっぱりそうで、」と説明してくださるのですが、これも詳しく聞くと実際にはやられておらず、自分の中で「もしかして」と思ったことをいくつか繋げて事実にしてしまっているのです。

これは、カウンセラーに説明する時に嘘をついているつもりもないですし、大袈裟に言っているつもりもありません。
相手は絶対にそう思っていると思い込み、実際に起こっていないことでも自分の中では真実になってしまっているのです。

– では、確実にそうだったわけではないですね −
「いやぁ、なんて説明したらいいのかなぁ、私にはわかるんですよ」

本人は”勘が鋭い”と思っているようなのですが他の色々なエピソードを伺っていると、相手からの気遣いや優しさはわかっていないことが多く、良いことをされたとしても「この間、意地悪をしたから機嫌をとっている」「騙そうとしている」と言います。

例えば「その服、この間も思ったけど凄く可愛いよね」と言われたら
「2回しか着てないのに同じ服ばかり着てると嫌味を言われた、この人は意地悪だ」と捉えてしまったり。

自分にとって良いことは見えず、自分を悪く思うことだけ勘が働くなんて悲しいですよね。

ですが、相手の事を散々意地悪だ、性格が悪いと悪く言ってはいても
もし「じゃあそんな意地悪な人とは離れてしまえば?」と言ったとしたら、それは嫌なのです。

何故ならばこのような方が「意地悪をされる」と言う相手は自分こそが離れたくない人だからです。

離れたくないからこそ、もし嫌われたり浮気されるようなことが起こって傷付いてしまうなら、傷付く前に先回りして気がついておきたいという防衛本能から、離れたくない人にほど悪く捉えてしまうのです。

これは、悲しいことに幼い頃から愛情を感じ、安心して成長できなかったことが原因に多く、自己肯定感が低さから無意識に「私は馬鹿にされる存在であり、人から大切にされるはずはない」と思い込んでいるからです。

誰とでも付き合い始めはいいのですが、根底に『こんな自分は大事にされるはずがない』との思いがある為、無意識に自分が大事にされていない証拠のようなものをいつも探し続けています。そして親しくなるにつれて自分に不都合な些細なことがあると『やっぱりね(私の事は大事にしてない)』と思い、実際には言われてもいないことも『言われた』『やられた』と思い込みます。そのほうが自分の中ではしっくりくるのです。
 
また、自分は受け入れらていないとの思いから、自分の要望を相手に伝える勇気がありません。

前述の例えの会話の中で、”彼に自分の行きたい場所をもう一度言う”すら言えないのも、自分なんかの願いなんて聞いてもらえないと思うので伝えないまま不満を募らせます。

そうして周囲には意地悪な人ばかりいると思っているので常に愛情に飢えています。
誰かから少しでも優しくされたりすると直ぐに『やっと安心できる人をみつけた』と思いますが、少しして些細なことでも嫌な事だと思われる出来事があると『やっぱりこの人も』となり、『私の周りには意地悪な人しかいない』と思いこむ悲しい悪循環になっている方もいるのです。

相手からされた嫌なことばかりに「やっぱりね」とよく思い、よく考えてみるとそれは自分の勘からそう思っていることがある…と言う方は一度お話に来てみませんか。何故あなたが馬鹿にされ意地悪ばかりされる存在なのか、そう思ってしまうのかを一緒に紐解いていきましょう。

小さな目標を意識する

私は絵を描く事が好きです。とは言っても描きたい時にしか描いていません。
たまにギャラリーからお声がかかった時は展示会に出展しています。お声がかかるのはとても嬉しい事なのですが、いかんせん描きたいモノが浮かんだ時にしか描いていないので沢山の枚数を要求されると困ってしまいます。

最近、前回の展示会からあまり時間をあけずにお声がかかりました。嬉しいですし、まあ大丈夫だろうと引き受けたのですが、これがのちにとても後悔することになりました。

私の絵の殆どは何かを見て描くものではなく、頭に浮かんだイメージなので、描きたい時というのは頭にイメージがあるからで、途中イメージ通りにならなくて苦しいこともあるのですが頭の中の完成図に向かって筆を進めていくことが出来ていました。
ところが描きたいものも無く、とにかく描こう、枚数を増やそうと思いながら描いてみたら、キャンバスを目の前にして『ここには何を置こうかな?』『ここはどうしよう?』と考えながら描くので、描いては直しを繰り返し、全く進まないのです。
ただ景色を描くのならきっと普通に描けると思うのです。でも私にとっては描きたいモノではありません。

なんとなく描きたいモノを描いていましたが、そうなると描く気力もないまま時間ばかり費やしていく。途中に『イメージに近づいてきた!』という喜びもない。そうしているうちに段々と『自分はつまらない絵しか描けないのではないか、』『こんな絵を描いて何になる』と自信も無くしていきました。この日々が本当に辛かった!

それでもどうにかこうにか何枚か描きましたが、描いている期間の悶々とした日々の中、目標がないことの“動き辛さ”を痛感しました。

これは私の絵の話に限らず、人は何か目標がありそこに向かっていれば強く、楽しいことも多くいられます。目標があれば途中で上手くいかないことがあっても、失敗しても、だからこそ小さな成功や進展が大きな喜びになり、それ以外の“他人は何をやっているか?”や“自分は人からどう思われているか”なども気にならなくなるのです。目標がある人が魅力的に映るのは他者を気にせず自分を生きているからでしょう。

クライエントさんには、「楽しい事がない」という人もいるのですが、目標が楽しく生きる事に繋がるとしたら、目標とは簡単に出来ないことだからこと目標です。なのでそれは大きなことばかりでなく、“面倒なこと”でも良いのです。

面倒なことを意識して『今日は帰ったらすぐにお風呂に入ろう』『嫌な事ははっきり断るようにしよう』でも目標です。日々の小さな目標を意識し「できた!」を実感していくだけで大袈裟ではなく人生が変わっていくでしょう。
続くポイントは、そもそも“自分には簡単では無いこと”なので、出来ない時があって当然なので、出来なくても落ち込まず、投げずに次はやろうとするです。

『大きな目標を持ちたい、けど無い』『何を目標にして良いかわからない』という方は目標を持つ前に無意識の中で『いやいや、こんなことは絶対に無理』と思い浮かんでこないのかも知れません。逆に「目標はあるのに、やる気が起きない」という方は、それが本当の目標では無いのかもしれません。このような方はどちらもカウンセリングで改善できます。お気軽にお申し込みください。

ご無沙汰しております

ご無沙汰しております。サイトを新しくしてからブログはまめに更新しようと思っていたのに、すみません。

それにしても毎日異常な暑さですね。コロナで外出を控えて、コロナが治まってきたと思ったら、また感染者が過去最高まで増えるし、加えてこの暑さで嫌になります。

うちには成人した子供が二人いて二人ともテレワークです。子供達と仲は悪くない方だと思うのですが、子供達のテレワークで一人の時間が取れなくなってしまったのが辛いです。

子供達と24時間ずっと一緒に過ごすのは子供達が幼稚園に入る前以来なので20数年ぶりです。誰かがいると何かが遣り難いとかではなく、息をつく間がないというか。そのうち終わるだろうと思っていたのに3年目ですもんね。

日中だけでなく、私は元々夜更かしが多かったので子供達が寝てから一人で過ごす時間も好きでした。

でも今は、始業時間の5分前に起きる子供たちの方が寝る時間が寝るのが遅くて大体いつも3〜5時です。仕事はちゃんとやっているし、成人した”子供”に親の都合で「早く寝なさい」なんて言ったところで、スマホの画面を見たまま「うん」という返事が来るか来ないかで寝やしません。一緒になって楽しく話している日もあるのですがね。

ご主人が定年退職した後に一日中家にいると鬱になる奥さんがいますが、今まであった一人の時間が急になくなると、仲の良い相手でも辛いものです。私のことばかり言ってますがきっと子供達も辛いです。

こんな愚痴をこぼしている間にコロナも終息するかと思っていたのに3年目に入り、もう愚痴をこぼしている余裕もなくなってしまいました。ストレスで体に異変も出てきたからです。

なので最近は私が早寝早起きすることにしました。早くといっても22時頃に耳栓をして寝ます。すると4時頃には目が覚めるので子供達が起きる時間まで5時間もあります。5時間シーンと静まり返った家に居られる。これでかなり楽になりました。

あとは運動ですね。市営のプールに通い始めました。進んでいるのかって位ゆっくり30分だけと決めて泳いでますが、これだけでも心が元気になります。

どうしようもない環境の中でストレスが溜まる。全ての環境を変えたいと思ってしまいがちですが、諦めるところは諦めるしかないので諦めて、相手に期待せず求めず、自分で少し何かを変えたり始めたりするだけで楽になると思います。

お嬢さんからお母様のカウンセリングのお申し込み

今日のクライアントさんは70代の女性。
電話カウンセリングで、ご相談内容は度重なる体調不良についてでした。病名は七つ。心因性のものと診断されたのは一つです。

この方の症例はまた別に書きますが、カウンセリングは1時間で終了しました。

終了後には「ああ、本当にスッキリしました」と仰ってくださり、その後に「娘に、ここに電話しなさいって言われた時は、電話なんかしたってどうにもならないって思ってたんですけど、電話してみて本当に良かったです~!」と、お嬢さんに勧められたことを教えてくれました。

考えてみたら、今までに息子さんから お父さんやお母さんのお申し込みをということも、お嬢さんからお父さんのお申し込みというのも無いですが、60代~70代の女性はお嬢さんがお申し込みをしてくれたという方が多いです。

娘さんからのお申し込みといえば二年前に不思議で面白い出来事がありました。

お昼頃、女性から電話があり

女性:「あの、今、○○神社の前にいるのですが、そちらは(マグノリア)ここの近くですか?」

ホームページの地図にはおおよその場所と町名までしか載せていないのですが、その時のセッションルームはとても小さな町にあったので、町内ならどこでも近いことが分かります。

その○○神社は、マグノリアから歩いて1分の場所でした。

私:「ええ、ここは神社を曲がって直ぐに在る○○ビルですよ。カウンセリングのお申し込みですか?」

女性:「いえ、あの、母が。 あ、○○ビルが見えてきました。何号室ですか?」

女性は歩きながら話しているからか、息遣いが少し荒いです。


私:「お母さまのカウンセリングのお申し込みでしょうか?」

女性:「あの、母は80代なんですが、80代でもカウンセリングを受ける人はいますか?」

私:「80代の方は初めてですね。70代後半の方はいらっしゃいますよ」

女性:「あの、今カウンセリングをやっていますか?」

私:「いえ、でも後1時間したら予約されている方がいらっしゃいますので、今からは無理なのですが」

女性:「いえ、あの、母がカウンセリングというものを受けてみたいけど、その前にどんなものなのか、カウンセリングをやっているところを見たいと言ってるんですが。あ、今、前につきました。1時間待ってもいいので見せてもらっていいですか?」

他の方がカウンセリングを受けているのを見学させて欲しいということでした。

聞いたままを考えたら意味は分かるのですが、一瞬いたずら電話かとも思いました。

でも、電話で話している合間に女性が「ちょっと待ってよ、」など、お母さんらしき人物に話していて、何を言っているかまでは分かりませんでしたが年配の女性の声も聞こえたので本当なんだと思いました。
目の前まで来てくださったのに申し訳なかったですが、なぜ見学が駄目なのかと、カウンセリングとはどのようなものかを説明させていただきお断りしました。

電話を切った後、
二人は家を出る時から、これ(見学)を目的に出てきたんだろうか?
それとも出かけている最中に思いついたのかしら??と考えてしまいました。

気持ちの整理と確認の大切さ(クライアントさんのご報告から)

カウンセリングを受けようか迷っている方の中には、
「自分で散々考えても解決できなかった事を、人に話したところでどうにもならない」
と思う方もいるかと思います。

これは先日クライアントさんが言っていたことですが
「(悩みに関しての)今まで色々な本を沢山読んだんですがね、(解決しなかった)」

これは私もですが、悩みがあり自分で散々考えたとしても、
頭で考えているだけでは、明確に何をどうしたいかまで至っていないことが多いです。

本を読んでも、人は無意識に自分に都合の良い部分だけしか頭に入らない、入れていないことも多く、
それでは今までの「自分だけの考え」に何もプラスされていないということなのです。

カウンセリングとは、カウンセラーがただお話を聞いているだけではありませんが、
利害関係のない人間と対話することにより、頭の中にあったものを外に出します。

言葉にする=頭の中から外に出す
カウンセラーに説明する=並べる・整理

こうすることにより、今の自分を客観的に見つめ、状態をしっかりと意識でき
自分はどうしたいのか、整理することができるのです。

例えば「彼にふられて辛い」という人は「辛い」までは自分でも分かるでしょうが、
「何がどう辛いのか? どうだったら良いのか?」と質問されたら答えは人によって違います。

気持ちの整理と確認とは、自分のことだから分かっていると思ってしまうからこそ難しいのです。

先日症例をお願いしたクライアントさん「誰も悪者がいない中で」からご報告のメールをいただいたのですが、
気持ちの整理と確認の大切さを実感されたことと、自分が行動したことにより得たものについても書いてあり、
素晴らしいご報告でしたのでご紹介させていただきます。

※お見せ出来ない内容をたくさん削除しているので読みにくいかも知れません。

>先生へ
>こんにちは。○○のAです。
>先日は楽しいセッションをありがとうございました。やはり直接お会いできてよかったです。
>その後のことはご報告しますね!と約束しましたので、お知らせいたします。
>(Aさんがある行動を起こした事)精一杯でしたが、そこには「私が******した。」という事実が生まれました。(省略)
>なににせよ、ずっとモヤモヤしていた一歩を勇気をもって踏み出すことができたのは、先生とお話しできたことが最後の後押しとなったことに間違いはありません。
>その後の先生のブログも読ませていただいて、改めてとても勉強になりました。
>中でも、「人の気持ちを失うことの怖さ」が無かったぶん。というのが印象的でした。
>振り返ってみると本当にその通りです。
>そしてまた一つ、子供の頃にあったことを思い出しました。(学生の頃にあった出来事が書いてありました)
>もうそのようなことはしたくない。と思って周りにいる人に対して、よくもわるくも全部気持ちを言ってしまったり、そうなる前にもう自分から距離を置こうという行動をしてしまったりするもかもしれないな。
>なんてことも思いました。
(カウンセリングを受けた後は、終わってからもどんどんと自分の気持ちに気づくことが続きます。)

>もしかしたら、その頃から「人の気持ちを失うこと」にはじめて触れてそれを今まで引きずってきたのかもしれません。
>とても悲しかったのだと思います。
>本当に誰も悪者がいない中だったからだと思います。
>先生とお話して、とてもヒントになったり整理できたり再確認することの大切さを学びました。
>本当にお会いできてよかったです。
>またきっとお顔を見にゆきます。
>とりいそぎ、ご報告まで。
>(ご報告ですので、もちろん返信などは不要です。)
>A

Aさん、ありがとうございました。

気持ちの整理と確認は、自分の思う事をなんでも良いので紙に書き出しても効果があります。
しかし紙に書くのでさえも無意識に「こんなこと思っちゃいけない」「こんなこと思ってしまう自分は嫌だ」
「恥ずかしい」という気持ちが出てきて、書きたいのに書けないこということがあります。

そのようなときはカウンセリングをご利用ください。

悩むって悪いこと?

『 この人は私のように悩むことなんてないのだろう 』 
『あの人はいつも楽しそうだから、悩みなんてないんだろうな』

芸能人や知り合いを見て、そう思う人もいると思います。

私もクライアントさんから言われることがあります。
「先生は悩みなんてないですよね」

私の話をすることはないのでそう見えるのでしょう。

ある日も、お嬢さんのことが心配で 口を出し過ぎてしまうというお母様から、
「先生は、お嬢さんのことでこんな風に心配し過ぎたりすることはないですよね。」と言われました。

なので「全然そんなことないです。昔は 娘の帰りが遅くて連絡が取れないときなんて、いつも頭の中で『 シャブレイプシャブレイプ 』がグルグル回っていました」と答えました。

すると、何のことだか分からなかったのか一瞬キョトンとされてから、
「やだ〜本当ですか⁉︎ 全然そんな風には見えないです!でもそれ凄く分かります!」

大笑いされました。

(シャブレイプシャブレイプとは、娘が誰かの手により薬物や暴行の被害にあったらどうしよう、という心配 )

後日、「先日のカウンセリングから、娘の事が心配になると先生のシャブレイプシャブレイプを思い出し笑ってしまうようになり、気が楽になりました」と仰っていました。

何が役に立つか分かりませんね。

クライアントさんからは「器が大きい落ち着いた人」みたいなことを言われることがあります。
これを私の身近な者が聞いたら爆笑するでしょう。

なのでそう言われた時にはいつも「 私ですか? 私なんて悩みのデパートですよ」と答えています。

「本当ですか? 全然そんな風に見えないです」と言われるので、

「自分の思い通りにならないことなんて勿論あるし、真剣に想うものがあれば悩みは尽きないと思っています。
それに私は欲張りなので悩むことも多く、悩むことを悪いことだと思っていないので、悩み、考え尽くすので立ち直るまでの時間が早いだけです」と答えました。

会う人すべてに「私、悩んでます」と言う人なんていません。

人が何をどう経験してきたか、いま何かに悩んでいるかなんて他人からは分からないのは当然なのですが自分が悩んでいる時には、楽しそうにしている人をみて「この人は自分のように悩むことなんてないんだろうな」と思えてしまうのでしょう。

特にSNSでは、中には愚痴や痛い話や暗い話ばかりの人もいますが、明るい投稿が多いのでそう見えるかもしれませんが、
楽しい辛いことがあるからこそ自分を楽しませたくてSNSをしている人もいると思います。

悩むとは辛いことですが『このままじゃ嫌だ、どうにかしたい』という向上心の別の表れでもあるのです。

カウンセリングを知らない人から、この仕事は「悩んでいる人の悪い気をもらって疲れるでしょう?」なんて言われることがよくあるのですが、それは全く逆で、どんな辛い悩みがあろうと、『お金を払ってでもどうにかしたい』『解決する訳ないだろうけどダメ元でもいいから何か試してみよう』という前向きな人でしかないのです。

悩むことを避け、見ないようにしても問題は長続きするばかりですし、「悩む自分が嫌だ、駄目だ」と思ってしまうと「悩んでいる自分は駄目だ」というその思いで余計に落ち込み、物事をクリアに考えられなくなってしまうのです。


今日もクライアントさんに「悩みなんてないですよね」と言われたので、いつもの「いやいや、私なんて悩みのデパートですよ」を言いました。

「全然そんな風に見えないです。悩みのデパートって懐かしいフレーズですね、久しぶりに聞きました」と言われました。

私は「 確かに古い言い方ですね〜!」なんて笑っていましたが・・・

クライアントさんが帰ってから、

古い言葉・・・恥ずかしい!

古い言葉、古い、古い人間、ババア、、
しばらくの間ウジウジして、その日から「悩みのデパート」は一切使うのをやめました。

夫婦カウンセリング・カップルカウンセリング

海外の映画では、よく夫婦で何か揉め事があると二人でカウンセリングを受けているシーンを見かけますよね。

日本でも段々と増えてきて、今日も他県から車で2時間かけてご夫婦がカウンセリングを受けにきてくださいました。
奥様は半月前に催眠療法を受けています。

ご夫婦でのカウンセリングは、カウンセラーの向かいの席にお二人並んで座って頂きます。
カウンセラーがどちらか一方の味方をしたり、どちらかを責めたりすることはありません。
奥様からのお申し込みの場合、ご主人はカウンセラーに何かお説教でもされると思うのか、

パートナーに対して普段思っていること「これがイヤ、これが辛い、本当はもっとこうして欲しい」を隣にいるパートナーに言うのではなく、前に座っているカウンセラーに向かって話していただきます。

カウンセラーは「どういう理由でそれが嫌なのか」「その時にどのような気持ちになるのか」を聞き、もう一人には「では何故それに応じられないのか」そして「パートナーこう言っていますがどう思いますか」と質問したりします。

パートナーには面と向かって言い難いことも、皆さん、前を向きながら私に向かってなら話せるのです。

普段から何気なく言ってしまっている言葉も、それでどれだけ相手が傷つけていたのか、
良かれと思ってやっていたことが相手にとっては負担だったこと等、カウンセリングの中に初めて知ることが多いです。

文句だけでなく、懺悔の言葉や、尊敬していること、感謝していることも伝えられます。

夫婦には長く一緒にいるからこそ、分かっているようで分かっていない面、分かっていないようで分かっている面、両方あり、身近な者だからこそ、改めて冷静に話すことが出来なかったり、言っても無駄だろうと諦めてしまったりしていることが多いです。

カウンセラーに向かって話し、お互いの考えを知ると、夫婦だけが問題ではない小さな原因も見つかることもあります。そこから改善策も見つかっていきます。

今回のクライアントご夫妻も結婚して15年でしたが、気遣いからの誤解がとけたり、初めて知った相手の想いもありで、一緒に暮らしている相手のことなのに、お二人とも驚くことが多かったようです。

途中から、以前の出来事を思い出したのか、奥様が「あー、あの時も、そう言うつもりで言ってたの?」ご主人「うん、○○だと思ってたから。ごめん」奥様は泣きながら「もー、わかんないから!ごめんね」と。
ここまでくるとお二人で向き合って話しています。

全ての方では無いですが、最初はギスギスしていた二人が、お互いの気持ちを知り、誤解が解けてお二人で泣いて「ありがとう」や「ごめんね」を言い合ったりして、見ていて感動することも多いです。


離婚の話し合いの為に夫婦カウンセリングを利用する人、離婚後も経営しているお店で一緒に働いている、
結婚の前に不安を解消しておきたいという方々にもご利用いただいてます。

夫婦の問題を他人に知られるのは恥だと思ったり、二人だけで解決するものだと思わず、お気軽にご利用ください。