多くないと思われる結婚のかたち

多くないと思われる結婚をされた女性は、同じような悩みを抱えてしまうことがあります。

多くないと思われる結婚とは

  • 妻が高給で安定している仕事をしている。会社を経営をしている。
  • 夫が、まだ成功をしていないアーティスト
  • 夫が外国の方
  • 夫が起業を考えていて、その途中、など

この女性達の同じような悩みとは

「旦那さんに対して理由が分からない不安がある」
「些細な事で旦那さんに辛くあたってしまう自分が嫌、辛い」
「旦那さんに不安になり取り乱してしまう」
「旦那さんに依存してしまう」

「自分はどこかおかしいのではないか?」と思い、自分を責めているのですが、

どうしてこのようになってしまうかは「周囲の人間への嫌な気持ち」に無自覚のまま、嫌な気持ちだけを旦那さんにぶつけていたことが多いのです。

「結婚のかたち」や「夫婦の在り方」とは人それぞれ自由なのですが、「こう在るべき」「これが普通」と思っている方も多いと思います。

思うだけなら誰にでもあるでしょうが、「普通」と言われるものと「違うことをした人」のことを、心配する人もいれば、勝手に噂をする人もいます。

また、「 自分では出来ないようなことをやっている人 」がいると許せないのか、羨ましいのか「そんなの上手くいくはずない 」と思いたくて、どこかで「上手くいかないこと」を願っている人も悲しい哉います。

そのような人達が、女性が経営者、高給で安定している職業というとご主人の収入がどうあれ「旦那さんはお金目当てで結婚した」と噂したり、

国際結婚は、親に反対されたという方もいますが、親は祝福しているのに、親の友人やご近所の方が「国際結婚なんて大丈夫なの?」と、しつこく聞いてくるという方もいました。

旦那さんがまだ成功はしていないアーティストだと、生活に困っているだなんて言ってもいないのに「大変よね」「利用されているんじゃない?」「騙されているんじゃない?」
子供をもたない選択をすると「子供は、作れないよね(稼ぎ頭がいなくなるから)」と言われたこともあるそうです。

このように、多くないと思われる結婚をされた女性は、勝手に旦那さんの性格を決めつけられたり、奥さんが苦労しているように言われたという方が多いのです。

でも彼女達は、そんな周囲の人に対して『なんでそんなこと言うんだろう?』と疑問を持ったり怒りもしていないのです。

『そう思う人がいるのも分かる 』と理解しているからです。『多くない夫婦のかたち』だとも知っています。
なので『そう言われても仕方ない』という気持ちを持っているのです。

でも、事実ではない勝手なことを言われるのは、やはり嫌なのです。 当然でしょう。
「腹が立つと思うのすら悔しい」という人もいました。

「本当に幸せなら そんなの気にならないはず 」なんていうのは理想論で、「嫌なこと」を言われたら、嫌だ、悔しい、腹が立つと感じるのは当然です。

そして、人間とは同じようなことを2人にでも言われたら、皆からも同じように思われていると思ってしまうものなので、

「上手くいかないだろう」「この先きっと何かあるだろう」「長く続かないだろう」と、みんなが思っていると思ってしまうのです。そうなると『もし離婚なんてしたらみんなから何を言われるかわからない』と無意識に怖くなります。

『 絶対に離婚するようなことになっては駄目だ 』と無意識に強く思い過ぎてしまい、夫婦には当然あるような、ちょっとした意見の違いや、旦那さんの小さな欠点を見つけると「すごく不安になり取り乱してしまう」「文句を言いたいのに、何を言っていいのか分からない」となってしまうのです。

「周囲からは何を言われても仕方ない」と諦めているので、自覚できていない「周囲への不満」が、旦那さんに対して「貴方がそんなんじゃ、周りから何か言われてしまう」と言う想いになり、

旦那さんに文句を言いたくなるけど、潜在意識では旦那さんが悪いのではないのを分かっているので、何を言っていいのか分らずに混乱してしまうのです。

「旦那さんに依存している」と思ってしまうのは、噂をしたり嫌な事を言う人達だけでなく、結婚を心配した人達にも、旦那さんのちょっとした愚痴を少しでも言えば『ほら、やっぱり』と思われるのが嫌で、誰にも何も話せなくなる為に孤独に陥り易くなります。そうなると「自分の味方は旦那さんだけ」という気持ちにもなるので依存していると思ってしまうのです。

「もしかして こんな想い(周囲の人に言われること等について)がありませんか?」とお聞きすると、

「ありました、離婚したら周りから何を言われるか分からないって、どこかでいつも思ってました」
「あります、気にしていないつもりだったけど、やっぱり嫌です」と言い、泣いてしまった方もいます。

アーティストを目指しながら家事を担当しているという夫を持つ女性は、カウンセリングが終わるころには開き直れて、

「私は家事が嫌いだし、彼に成功はして欲しいと思うのも、それは周囲の目を気にしてるからで、成功しないほうが他の女性にも取られる心配は無いし、本当は売れないで欲しいって思っています」と仰いました。どう思おうと自由です。

夫婦が納得しているのなら「そんなこと言っちゃいけない」「こういう結婚が幸せ」「こういう結婚は不幸」だなんて誰にも言えないのです。

旦那さんに対して不安が強かったり、辛く当たってしまう原因が判ったとしても、周囲への対処の仕方(勝手に噂させない、言われた時の対処法)もアドバイスさせていただいてます。

「仕方ない」と思うことでも「嫌なこと」は少ないに越したことはありません。「嫌だ」と思うことを「仕方ない」と諦め、見ないようにしていると、気が付かないまま大切な人に嫌な感情をぶつけてしまうことがあります。


心に残る雲

特に嫌な事があった訳でもないのに心に暗い影がさすことはありませんか?

楽しい事をしていたり嬉しい事があった時なのに、そんな時にふと心に暗い影がよぎるのです。
何故かは分からないし、はっきりと見えません。

そのうち忘れてしまうけど、また何かの拍子に現れ、また消える。
心が晴れている日なのに、急に雲が現れては消えるのです。

その雲の正体はなんでしょう?

それは自分の中に在るんだけど 見ないようにしてるものです。

自分のやるべき事や、やりたい事、やめなくてはいけない事なのかもしれないし、
誰かへの罪悪、誰かへの想いなのかもしれません。

どうにかしたいと思いながらも、

もう遅い、早くしなきゃ、

でもこんなに遅くなっちゃった。

どうしよう、 でも今更・・・

そうなってくると 見るのが嫌になり、見なくなってしまった「何か」なのです。

それは 子供が気軽に飼ったけど世話をしきれなかった小動物と似ています。

お祭りですくったミドリ亀。
飼い始めた時は毎日世話してたのにある日エサをあげるのを忘れてしまう。

「今日は絶対にエサをあげなきゃ」 と思っていたのに、また忘れてしまい遊びに行き、
遊んでいる途中で思い出したけど、家に戻るのが面倒で
「 まだ大丈夫だよね。帰ったらあげよう」と、そのまま遊び続けます。

なのに帰ってからも忘れてしまった。
次の日も。

そうなると、
家に居る時に思い出してたとしてももう怖くて洗面器の中を見れません。

まだ生きてるかもしれないと思っても瀕死(ひんし)の状態は見たくないのです。

『こんな状態にしてしまったのは自分なんだ』と思うのが怖くて、
まだ かすかに動く亀を見るのが怖いのです。

怖くなると、子供は更に遊びに夢中になります。

忘れたフリをしたいのです。

そうして 洗面器の水も乾き、亀が生とも死とも関係のない干からびたモノになるまで
忘れたふりをして待ってしまうのです。

死んだ亀を片づける時も、モノを捨てるように そっけなく行います。
そこでは何も考えたくないからです。

同じことした友達は笑って言っていた。

「 カメ、干からびちゃった! 」

ああ、皆もそうなんだ。別にいいんだ。仕方なかったんだ。
こんなこと「ささいな事」なんだ。

友達と一緒に笑いながらも、飢え乾いていく亀の姿がチラつき気持ちが曇ります。

しはらくすると、心が曇ったとしても亀は見えなくなります。

こうして「雲」だけが残ります。

では、たとえ瀕死の状態でも生きているうちに洗面器に水を入れたり、謝るだけでも、
今の自分に出来る 精一杯の事をやっていたとしたらどうだったでしょう?

たとえ亀が死んでしまったとしても、雲は薄く小さくなっていったでしょう。

それはその後の様々な出来事にも違いが出てくるのです。

亀はお腹が空いても鳴けませんし苦しくても叫べません。

死んでも気が付かれないかもしれません。
子供には飼う事が難しかったかもしれない。

でも 亀はいました。

自分の心の声も同じなのです。
自分の中に何かがある時、自分が聞いてあげないと誰にも気が付かれません。

こうしている間に忘れて行くだろう。
仕方なかった。 今更やっても仕方ない。 みんなそうだ。 別にいいんだ。

これは間違ったポジティブです。

無理に考えないようにしても、得たいの知れない雲は心に残ります。

雲が在ることを無視して、上からいくら明るいものを重ねようとしても晴天にはならないのです。

何だか分からないけど心によぎる雲がある時、それはいったい何なのか?
怖がらずに 嫌がらずに ゆっくりと静かに見つめてみましょう。

そうして雲の正体がわかった時、
もう無理だと思っていたけどやらなかっただけで まだ出来る事かも知れません。
出来ないと思い込んでいただけかもしれません。

もし間に合わなかったことでも、出来なかったとしても、戻れないとしても、

「これがやりたかったんだ」「これをやめたいんだ」

「自分にも悪いところがあった」「あやまりたいんだ」

「これが嫌なんだ」「これが嫌だったんだ」

「これが好きなんだ」「好きだったんだ」

『 本当は、前からそれを知っていた』と、自分の気持ちを認めるだけでも雲は薄くなっていくのです。