二番手体質、都合のいい女をやめたい

「彼女がいる人や既婚者と付き合うことが多い」
「体の関係はあるが曖昧な関係になることが多い」
「最初は彼女だったのにセフレのようになってしまった」

という二番手体質、都合のいい女になりやすい人に多いといわれている特徴は

  • 相手の都合に合わせてばかりいる
  • 我慢ばかりしてしまう
  • 嫌なことを嫌だと言えない
  • 不安や不満を伝えることができない、しない
  • 尽くし過ぎてしまう
  • 縁が切れなければ良いと諦めている

ですよね。それは分かっている、でもやめられないと悩む。

なぜ2番手体質や都合の良い女になってしまうのかを考えてみましょう。

どこかで「縁が切れなければいい」と諦めている

「彼との縁が切れるのが嫌」なのではなく、どこかで「縁が切れなければいい」と諦めてしまっている。最初のうちは「いつかは本命に」「いつかは大事にされる」と期待していても、曖昧な関係が長く続くうちに無意識の中で「彼が本命にしてくれる訳がない、だから縁が切れなければ良い」と諦めていることがあります。「彼と付き合いたいのか」それとも「縁さえ切れなければいいのか」しっかり考えてみましょう。

自分で都合の良い女になりたがっている

既婚者や彼女がいる男性と付き合っている人は、奥さんや彼女よりも理解のある女性、優しい女性だと思われたいと思っている人も多いでしょう。また、不安になりやすい人は彼に嫌われることや彼の気持ちが他の人に移ってしまうことを恐れています。
そうなると、それはいつも誰かと張り合っている状態になってしまうので、他の誰かよりもよく思われたいと常に考えてしまっているのです。
なので男性から”都合よく使われている”というよりも、”自ら都合のいい女になろう”ともしているのもあるのです。そこに気が付かず、彼を悪者にして”都合よく使われている”と思っていれば、事実はどうあれ心が荒んで自信もなくしていきます。自分でも都合よくなろうとしていることも自覚しましょう。

彼にとって自分の魅力は「都合の良いところ」なのだと思ってしまうと、ますます不満を伝えられなくなり、彼が望んでいないことまで先回りして彼の都合の良よく動くようになってしまいます。

自分で彼の弁護をしてしまう

彼に不満があっても、嫌なことをされても、自分の気持ちを考えるよりも彼を自分で庇ってしますのです。

例えば、彼と会う約束をしていたとして、時間や場所はまだ決まっていなかったとします。当日が近くなってもまだ決まっていない。連絡をしてみたけれど返信が来ない。当日の遅い時間にドタキャンされてしまった。
なのに、「もしかしたら都合が悪くなった事を私に嫌われるのが怖くて、言い辛くて連絡がギリギリになったのかも」と考える。一回目ならいいとしても、また同じことがあっても「前回もドタキャンになってしまったから、悪いと思って今回はもっと言いにくかったのかな」と思うようにする。

なにか嫌なことがあっても「どうしようもない理由があったのだろう」「彼は繊細だから」「彼は優しいから」「私に嫌われるのが怖くて、言えなかったのではないか」「他の人の前では気が張っているけど、私には信頼して甘えてくれているのだ」と、出会ったばかりの頃の彼の気遣いや、今の出来事とは関係のない以前の彼の言動を思い出しては、自分の中で彼を弁護してしまうのです。おおらかな性格で物事を悪く捉えないというのではなく、不満を認めてしまうのが嫌だからです。

不満があることを認めたら、彼をやめなくてはいけないと思い込んでいる

彼に嫌なことをされても認めたくないのです。心の底では嫌だと思っているのですが認めたくない。このような人は、他人を見るときに白か黒か、良い人か悪い人かと極端に決めていることが多く、嫌なことをした彼のことを白か黒かで決めてしまうと「黒」になってしまうのでしょう。すると”悪い人なんだから、やめなくてはいけない”と思ってしまうのが嫌なために、彼の嫌な面に目をつぶってしまっていることがあります。

そして、なぜか自分は彼に対し悪いことはしていない、していたとしてもそんなに悪いことではないので「白」と考えていることがあり、心の底では『私は彼に対し嫌なことは何もしていないのに、彼はひどい』と思っていることも。

極端に良い人、悪い人と決めず、好きなところと嫌なところは別々に考え「ここは嫌いだけど、ここは好き」と素直に思えたほうが、不満も上手く伝えられるでしょう。

「完璧な人はいない」のではなく 

モテないわけではないからこそ不安になりやすい

二番手体質や都合のいい女になりやすい方は容姿に恵まれていて異性からもモテる方も多く、それまでは全く不安にならない男性とも付き合っていたが、一度、二番手や都合の良い女になる恋愛をしてから、同じような恋愛を繰り返しているという方が多いのです。

どちらかといえば言い寄られて付き合い、不安になることや傷つくことのない恋愛をしてきたので、傷つくことに慣れていない為に不安になるとどうして良いのかわからなくなり、傷つくことを避けて不満を伝えられないこともあります。

異性に追われることも、振ることも経験もしているので、自分が追われて嫌だったことは彼にしてはいけないと、一言、一回のラインにも気を使い過ぎていることもあります。

どこかで彼を見下している

二番手体質や都合よく使われるという方は「自分に自信がない」と言うのですが本当はその逆で、どこかで彼のことを「分かっていない人」と見ていることも多く「今は分かってないけど、いつかは自分の良さが分かるはず」と。男性に対して「いつかは私が変えてみせる」「いつかは私の良さを分からせてやりたい」と考えていることも多く、

苦しくなるほど大好きな彼だと思っている反面、彼のことを『妻(彼女)に彼は騙されている』『妻や彼女の性格の悪さに気がついていない』と思っていたり。彼が自分の好むものも選べない人だと思っていることがあります。

彼が離れてしまうのが怖くて我慢ばかりするというのも『我慢すればこうしてくれるだろう』と考えているということなので、それは”相手をコントロールしよう”としていることです。それはどこか彼にも伝わります。都合よく動いてくれても『何か怖いな』という印象を与えるので、長く仲良くしていきたい、大事にしたいと思われないのかも知れません。

自分がその気もない人と仲良くできる

二番手体質、都合のいい女になりやすいという方には、自分も同じように都合よく使っている男性がいることがあります。

本命と上手くいっている時は見向きもしないけど、寂しい時や本命の彼に不安になった時は仲良くする為にキープしている男性がいるので、彼に不満がある時や寂しい時も、他の男性でとりあえず気持ちが落ち着かせるので本命の彼に不満をぶつけることもなくなります。不安になりたくない為にしているのですが、だからこそ「自分の気分で異性をキープしたり、関係を切る人もいる」と、自分を通して知っているので人を信じられなくなる為に余計に不安になりやすくなり、彼の気分でいつ切られるかと恐れていることもあります。

また、キープ程度に思っていた男性が冷たくなってくると調子が狂ってしまい、そこから変に追っかける側になり都合よく使われるようになってしまったというケースも多いです。

達成感を楽しんでいる

二番手体質、都合よく使われるという方は、最初から手に入りにくいもの、既婚者や彼女もちの男性、振り回されるような男性を追うことで、いつも息切れするように頑張り、彼の言動一つで飛び上がるほど喜びます。彼と二人での幸せを求めていると言うよりは、一人で達成感を感じているのです。

人間は夢中になれるものを求めているものです。何かを一生懸命に成し遂げるというのは楽しいのです。恋愛で誰かを追うのは、苦しいことのようで、実はどこに居てもでき、基本的にお金もかからない娯楽や日課のようになっていることもあるのです。そして一度夢中になれたものは手放したくなくなくなるものです。

そこに気がついていないと彼がこちらを向き、彼の気持ちに確信が持てるようになことがあっても、夢中になって追うことができなくなってしまうので、無意識に自分から彼との関係を壊すような行動を起こしてしまうこともあります。関係が長く続けば”ここまで努力したんだし、ここで引き下がれない”と恋愛なのか執着なのか分からなっていることもあります。

また、最初は大したことないと思って見下していた男性が自分の思い通りにならないと、自分に気持ちを向かそうと必死になたことが追いかけることになってしまっていることもあります。

安心を得られない男性と付き合うことで得られてしまう切なさ、苦しさ、悲しさを「恋心の大きさ」だと勘違いしてしまうこともあります。

このような人は、努力家で何かを求め続けることに向いています。何か夢中になれるもの、それも、「とても自分にはできないだろう」と思うものに挑戦してみるといいでしょう。

男性のタイプと自分の好みを知ろう

男性には安心できる場所(妻・本命の彼女)があるからこそ、他に女性を求める人もいます。安心できる場所があるからこそ、他の女性と付き合っても余裕があるのです。彼にその自覚はなくても、女性を大切にしないでいて逃げられて、戻れる場所(人)があるので、自分勝手に女性を扱えてしまうのかも知れません。”自分が彼が戻る場所になりたいんだ”と思うかも知れませんが、今の彼自身は今の妻や彼女の存在があるからこその性格です。彼の妻や彼女は、もしかしたら彼が他の女性と付き合っていることも薄々感づいていながら彼と一緒にいるのかも知れません。二番手体質や都合のいい女だと思い悩んでしまう人にそれができるでしょうか。考えてみましょう。

妻帯者や彼女持ちのではない男性からも都合よく使われていると感じる人は、女性をモノようにあるかう男性もいますが、男女ともに一人に落ち着きたくないという人もいるので、それが彼の女性と付き合うスタイルで、女性が自分に合わせてくれないのなら別れても仕方ない、合わせてくれる女性がいるなら付き合おうと考えているのかも知れません。
一人に落ち着きたくない、これは年齢によって変わってくる人もいますが、変わらない人もいます。理由は様々ですが、自分以外の誰かの責任を持ちたくない、好きなことをする為にお金や時間を自由に使いたいという理由が多いでしょう。自分のやりたいことに夢中になっている人は男女ともに魅力があります。都合よく使われていると思っていても、もしかしたら安心と安定をくれる男性よりも、自由に好きなことをやっている男性が好みなのかも知れません。

もしそうなら「都合のいい女にされている」と思わずに一度、「自分がこの人と居たいから自分で好きでこうしている」我慢も自分が好きでやっているのではないかとも考えてみましょう。常識からは外れていても、もしかしたらそれが自分好みの人、自分好みの交際のスタイルなのかも知れません。その場合「自分一人に落ち着くことはないかもしれない」「入籍することもないかも知れない」「したとしても彼の自由な行動は変わらないかも知れない」それでも本当に自分は良いのか?といことも考えてみましょう。

二番手、都合のいい女をやめたいのなら


不満は多い、それでも好きだから付き合い続けたいと思えるのならいいのですが、ずるいと思う、不満の多く苦しくなる男性となぜ一緒に居たいと思うのでしょうか?実は都合のいい女になりやすいという人は新しい出会いを求めずに、近くにいた人とくっついてしまうことも多いです。

もしかしたら、誰もいなくなったら寂しいし新しい出会いを求めるのも面倒なので、彼にしがみついているのかも知れません。だとしたら自分を粗末に扱っているのも自分で、自分の為にそうしているのです。何度か別れて、本当にもう嫌だと思っているのに彼から連絡が来るたびにヨリを戻してしまうのも、寂しさから自分の為にそうしているのだとしたら「自分が彼を都合よく使っている」ことにもなります。なのに自分は二番手体質だ、都合よく使われる女だと思っていると自己肯定感を下げてしまい、次の恋愛にも影響が出ます。「自分が好きでこうしている」これは事実ですし、そう考えた方が気持ちに余裕を持てます。

また、終わることを恐れて不満を伝えられず相手の言いなりになって我慢を続けても、彼が妻や彼女と別れる保証はないのです。別れたとしてもあなたと上手くいくかは分からないです。不満を伝えるという行為は、ある程度相手を信頼していないとできないことで勇気もいることですが、信頼できないできないから言えないと我慢するのではなく、彼に小さく不満を伝えて続けてみることです。(小さく、が重要です。いきなり爆発させないこと。不満だけでなく嬉しいことも伝えるように)

もしかしたら恐れていた答え(嫌われる)ではないかも知れないですし、そこから関係が変わるかも知れません。彼が冷たくなるという現実を見るかも知れませんが、それでも不満がある時には小さく伝え続けましょう。たとえそれで今の彼との関係が終わったとしても、次の恋愛で同じことを繰り返すことはなくなるでしょう。

お嬢さんからお母様のカウンセリングのお申し込み

今日のクライアントさんは70代の女性。
電話カウンセリングで、ご相談内容は度重なる体調不良についてでした。病名は七つ。心因性のものと診断されたのは一つです。

この方の症例はまた別に書きますが、カウンセリングは1時間で終了しました。

終了後には「ああ、本当にスッキリしました」と仰ってくださり、その後に「娘に、ここに電話しなさいって言われた時は、電話なんかしたってどうにもならないって思ってたんですけど、電話してみて本当に良かったです~!」と、お嬢さんに勧められたことを教えてくれました。

考えてみたら、今までに息子さんから お父さんやお母さんのお申し込みをということも、お嬢さんからお父さんのお申し込みというのも無いですが、60代~70代の女性はお嬢さんがお申し込みをしてくれたという方が多いです。

娘さんからのお申し込みといえば二年前に不思議で面白い出来事がありました。

お昼頃、女性から電話があり

女性:「あの、今、○○神社の前にいるのですが、そちらは(マグノリア)ここの近くですか?」

ホームページの地図にはおおよその場所と町名までしか載せていないのですが、その時のセッションルームはとても小さな町にあったので、町内ならどこでも近いことが分かります。

その○○神社は、マグノリアから歩いて1分の場所でした。

私:「ええ、ここは神社を曲がって直ぐに在る○○ビルですよ。カウンセリングのお申し込みですか?」

女性:「いえ、あの、母が。 あ、○○ビルが見えてきました。何号室ですか?」

女性は歩きながら話しているからか、息遣いが少し荒いです。


私:「お母さまのカウンセリングのお申し込みでしょうか?」

女性:「あの、母は80代なんですが、80代でもカウンセリングを受ける人はいますか?」

私:「80代の方は初めてですね。70代後半の方はいらっしゃいますよ」

女性:「あの、今カウンセリングをやっていますか?」

私:「いえ、でも後1時間したら予約されている方がいらっしゃいますので、今からは無理なのですが」

女性:「いえ、あの、母がカウンセリングというものを受けてみたいけど、その前にどんなものなのか、カウンセリングをやっているところを見たいと言ってるんですが。あ、今、前につきました。1時間待ってもいいので見せてもらっていいですか?」

他の方がカウンセリングを受けているのを見学させて欲しいということでした。

聞いたままを考えたら意味は分かるのですが、一瞬いたずら電話かとも思いました。

でも、電話で話している合間に女性が「ちょっと待ってよ、」など、お母さんらしき人物に話していて、何を言っているかまでは分かりませんでしたが年配の女性の声も聞こえたので本当なんだと思いました。
目の前まで来てくださったのに申し訳なかったですが、なぜ見学が駄目なのかと、カウンセリングとはどのようなものかを説明させていただきお断りしました。

電話を切った後、
二人は家を出る時から、これ(見学)を目的に出てきたんだろうか?
それとも出かけている最中に思いついたのかしら??と考えてしまいました。

魔法を探して

※ご本人の承諾を得ています

 Aさん 50歳 女性
《ご相談内容》
 何年か前から理由のわからない不安がある。眠れない。急に動悸がする。
 更年期障害と診断され薬を服用しているが改善しない。
 睡眠導入剤も出してもらっているがあまり使いたくない。

 催眠療法希望

いま悩んでいること、その原因となっているものが見えるよう誘導

最初に浮かんだものを伺いました。するとAさんは、

「え、」 「あれ?」 「何も浮かびません」 「え~?」 を何度か繰り返しました。

「何が見えましたか?関係ないと思うものでも、浮かんだものを教えてください」と言うと、

「なんか、赤い靴が出てきて…どうしても ”魔法使いサリー” が出てくるんですが、これ関係ないですよね?」

(魔法使いサリーは昔のアニメです)

このアニメは観ていたけど思い入れがある程好きだった訳でもなく、今まで思い出すこともなかったと言います。

サリーを見ていて何が浮かんでくるかを伺うと、Aさんは笑いながら

「…やだ、今度は ‟ひみつのアッコちゃん(これも魔法キャラのアニメ) のコンパクトが出てきました」

「何故そのアニメが出てきたのでしょうか?そのアニメを観ている幼い頃の自分を見つめてみてください」と伺うと

「自分が魔法を使えたなら何をしようか考えています」

年齢を少しずつ上げて、今の悩みに関係のある出来事を探していきます

最初のシーンは運動会のリレーで前にいた子を追い抜いたシーンでした。みんなの歓声が聞こえてきます。

小学生のAさんは努力しなくても成績が良く、勉強だけでなく体育も図工も全ての成績が良かったそうです。同級生のことは「どうして勉強しなきゃ解らないんだろう?」と不思議に思っていたそうです。

友達からはいつも「すごい」と言われていました。学級委員も立候補しなくても友達や先生から推薦されていたそうです。

中学生の時に移動

学校の廊下で友達と話しているシーンが出てきました。
中学生のAさんはどのような気持ちなのかを覗いてもらうと、つまらなさそうだと言います。

友人も沢山いたし彼氏もいた。特に嫌なことはありませんでしたが、注目されることも、凄いと言われることも無くなってきたので楽しくもなかったそうです。

それでも「私はやれば直ぐに追いつける」「やれば出来る」と本気で思っていたそうです。

でも、努力することはなく高校も大学も就職先も、特に入りたい理由もなく「入れたところ」に入りました。

学校や職場では、言葉や態度に出すことはなくても「どうして私がこんな人達と同じところに居なきゃいけないのだろう」といつも思っています。

実家が裕福なのもあり、同級生や同僚よりもハイブランドの物を持てていたので「すごい」と言われることはあったそうです。

20代〜現在までで、今の悩みの原因となっている出来事を見ていきます

(Aさんは20代で優しいご主人と出会い、結婚し出産)

独身の友達が出てきました。
その友達はある資格を取るために10代の子達がいる専門学校へ通うと聞いた時のシーンが出てきました。
Aさんは『20代後半なのに10代の子達がいるところに通うなんて信じられない』と驚き、
『若い子からおばさんだと思われるのに、なんでそんな恥ずかしいことができるんだろう』と思っています。

次に出てきたシーンは、子供が大きくなったので何かやりたくなり、パートにでた時のシーンや、お稽古事に通っている時のシーンが出てきました。
Aさんは何度かパート勤務で働きましたがどれも長く続かず、お稽古事も続くものはなかったそうです。

その頃の気持ちを覗いてみると、
どのパート先でも「こんな人達と一緒にいるのは嫌だ」という想いが強く、それでも「仕事を続けている人達は凄い」と尊敬する気持ちもあったことが分かりました。

お稽古事は、自分に向かないと思ってやめていましたが、”最初から上手く出来ないことが嫌”でやめていたことが分かりました。

Aさんの家庭は、Aさんが働かなくても生活に困ることもありません。
そんな自分は幸せだとも思うのに「楽しい」「充実している」と思えることがない。何の不満もないのに、もう長い間ずっとつまらないと思っていました。

ブランド物の食器を買ったシーンでは、『欲しい物があっても、買おうかどうしようか迷う時のドキドキが楽しいけど、買ってから人に見せ終わったら急に虚しくなる、その繰り返しだ』と思っていました。

記憶を中学生の頃に戻します

「中学生の自分に何か伝えたいことはありますか?」

「どんなに頭が良くても、努力し続ける人には敵わないんだよ。まだ間に合うなんて思わないで、お願いだから少しずつでも努力して。今の私はすごく後悔してるから」

そう言った後「これは私が子供にいつも言っている事です」と泣き出してしまいました。

同じように、結婚したばかりの頃の20代の自分に伝えた言葉は、

「今からでも間に合うから、20代なんて遅くないから、自分に何か能力があると思うのなら、何かを探してやってみて。それが直ぐに手に入らないからって投げないで。いっぺんに手に入れる、いっぺんに凄い自分になれる、そんな魔法みたいなものはないんだよ」


 Aさんは 『自分はいつでもやればできる』と思いながら『何もやらない自分、やっても続かない自分』を嫌っていました。

段々と『もう間に合わない』という焦りも出てきても地道な努力をした経験がないAさんは『努力はしなくても、何か自分に向いたものが見つかれば直ぐに能力が発揮できるのに。どうすれば また凄い自分になれるんだろう、何をしたら直ぐに凄くなれるんだろう』と考えていたのです。

「凄い自分」というのは具体的にどんなことをしている自分なのかを伺うと「人から注目され、囲まれているような。大成功している経営者とか、生き生きと忙しく自分の力を発揮している人」だそうです。

特にやりたい事はなくても、”みんなに注目されて輝いている自分”をぼんやりと想像することが、今まで何度もあったことに、この日、気がつきました。

みんなに注目される凄い人に『直ぐになれることなんてない』と思いながらも、直ぐに凄い人になれる『魔法のようなもの』を無意識にずっと探していたのです。

そして50歳になる数年前から『もうすぐ50歳になる。このまま、何もしないまま人生が終わりに向かっていくんだ 』と無意識の中で思い始め、それが怖くてたまらなくなっていたことが分かりました。


Aさんは自分の事を「何も成し遂げていない」「もう凄い自分ではない」と思っていましたが、派手でもないし人から注目されることでもないけれど、やり遂げてきた事や、努力してきたこと、小さな楽しいことも沢山あった事を記憶から引き出し、自分を認めることも出来ました。

後日、不眠はすっかり治り、今は何をしようか探していることも「努力している自分」のような気がして楽しい。庭の花に水をあげている自分のことも偉いと思えるようになり、心が軽くなったとのご報告をいただきました。よかったです。

Aさんのように幼い頃に優秀でなくても、心のどこかで「自分はやればできる(はず)」と思っていながら何もしていない方もいるのではないでしょうか?

「やればできる」を思ったまま何も始めないでいると、Aさんのように自分のことが嫌いになってしまったり、「やればできるはず」は、何かを始めたところで少しつまづくと「こんなはずではなかった」と投げてしまいやすく、そうしているうちに焦りばかりが膨らむのに、現実を見たくなくなってしまうことがあります。

「やればできる(はず)」と思いながら出来ない、やらない事がある方は早いうちに何か始めると、出来ること、向いていることでも「直ぐに結果が出るわけではない」ということも早く知ることができるかも知れません。

気持ちの整理と確認の大切さ(クライアントさんのご報告から)

カウンセリングを受けようか迷っている方の中には、
「自分で散々考えても解決できなかった事を、人に話したところでどうにもならない」
と思う方もいるかと思います。

これは先日クライアントさんが言っていたことですが
「(悩みに関しての)今まで色々な本を沢山読んだんですがね、(解決しなかった)」

これは私もですが、悩みがあり自分で散々考えたとしても、
頭で考えているだけでは、明確に何をどうしたいかまで至っていないことが多いです。

本を読んでも、人は無意識に自分に都合の良い部分だけしか頭に入らない、入れていないことも多く、
それでは今までの「自分だけの考え」に何もプラスされていないということなのです。

カウンセリングとは、カウンセラーがただお話を聞いているだけではありませんが、
利害関係のない人間と対話することにより、頭の中にあったものを外に出します。

言葉にする=頭の中から外に出す
カウンセラーに説明する=並べる・整理

こうすることにより、今の自分を客観的に見つめ、状態をしっかりと意識でき
自分はどうしたいのか、整理することができるのです。

例えば「彼にふられて辛い」という人は「辛い」までは自分でも分かるでしょうが、
「何がどう辛いのか? どうだったら良いのか?」と質問されたら答えは人によって違います。

気持ちの整理と確認とは、自分のことだから分かっていると思ってしまうからこそ難しいのです。

先日症例をお願いしたクライアントさん「誰も悪者がいない中で」からご報告のメールをいただいたのですが、
気持ちの整理と確認の大切さを実感されたことと、自分が行動したことにより得たものについても書いてあり、
素晴らしいご報告でしたのでご紹介させていただきます。

※お見せ出来ない内容をたくさん削除しているので読みにくいかも知れません。

>先生へ
>こんにちは。○○のAです。
>先日は楽しいセッションをありがとうございました。やはり直接お会いできてよかったです。
>その後のことはご報告しますね!と約束しましたので、お知らせいたします。
>(Aさんがある行動を起こした事)精一杯でしたが、そこには「私が******した。」という事実が生まれました。(省略)
>なににせよ、ずっとモヤモヤしていた一歩を勇気をもって踏み出すことができたのは、先生とお話しできたことが最後の後押しとなったことに間違いはありません。
>その後の先生のブログも読ませていただいて、改めてとても勉強になりました。
>中でも、「人の気持ちを失うことの怖さ」が無かったぶん。というのが印象的でした。
>振り返ってみると本当にその通りです。
>そしてまた一つ、子供の頃にあったことを思い出しました。(学生の頃にあった出来事が書いてありました)
>もうそのようなことはしたくない。と思って周りにいる人に対して、よくもわるくも全部気持ちを言ってしまったり、そうなる前にもう自分から距離を置こうという行動をしてしまったりするもかもしれないな。
>なんてことも思いました。
(カウンセリングを受けた後は、終わってからもどんどんと自分の気持ちに気づくことが続きます。)

>もしかしたら、その頃から「人の気持ちを失うこと」にはじめて触れてそれを今まで引きずってきたのかもしれません。
>とても悲しかったのだと思います。
>本当に誰も悪者がいない中だったからだと思います。
>先生とお話して、とてもヒントになったり整理できたり再確認することの大切さを学びました。
>本当にお会いできてよかったです。
>またきっとお顔を見にゆきます。
>とりいそぎ、ご報告まで。
>(ご報告ですので、もちろん返信などは不要です。)
>A

Aさん、ありがとうございました。

気持ちの整理と確認は、自分の思う事をなんでも良いので紙に書き出しても効果があります。
しかし紙に書くのでさえも無意識に「こんなこと思っちゃいけない」「こんなこと思ってしまう自分は嫌だ」
「恥ずかしい」という気持ちが出てきて、書きたいのに書けないこということがあります。

そのようなときはカウンセリングをご利用ください。

誰も悪者がいない中で②

「誰も悪者がいない中で」の続きです。

「親を一度も嫌だと思ったことがない」という人は、大きな愛情に包まれて伸び伸びと育ちます。
他人に意地悪もされたとしても悪く捉えないので、多少のことでは傷付くこともありません。

嫌なことがあったとしても引きずる事もないのは、絶対的な味方(親)がいるので何も怖くないのです。

自分が人から受け入れられるのは当たり前だと思っているところもあり、無理に人から好かれようともせず、どこかで「自分に害を与える人間はいない」とも思っています。人から嫌われる怖さも、人を失う怖さも知りません。

気持ちを察してくれる親になれているので、他人に気持ちを伝える必要性もわかっていないところがあります。

不機嫌な時は誰の前でも不機嫌な態度のままで居れ、嫌なことがあればNOもはっきり言えます。
感じたことは素直に口に出して、それによって他者が傷つく事もあると考えられない。

人を信じる力が強いので、他人とある程度仲良くなると急に家族と同じような接し方をしてしまうことがあります。


彼がAさんと別れた理由は「Aさんの気持ちが分からないから」でした。

Aさんは、この彼と付き合うまでに、他の男性とも付き合ったことがありますが、
みんな何となく友達の延長として付き合っていただけで「好き」と思うこともなかったそうです。
振られたこともありましたが、あまり悲しいとも思わなかったそうです。

でも彼のことは「好き」と言葉にすると薄っぺらく思えて言いたくないほど大好きだったのです。
彼はAさんにいつも素直に気持ちを伝えていてくれていましたが、
Aさんから彼に気持ちを伝えたことは殆どありませんでした。

伝えようとしても好き過ぎて言えなかったのと、時々彼の前で話せなくなってしまうことがあったので、
気持ちを聞かれても上手く答えることができなかったそうです。

彼の話をしている時に、Aさんは中学生の時に親友が離れていった時のことを思い出しました。
その時の出来事が彼と話せなくなることに関係していたのでした。

親友が離れて行った時のことを思い出すと、彼を失うのが怖くなり急に何も話せなくなってしまったそうです。
でも、演奏について話すときは何も考えずに彼とぶつかり合えたそうです。


中学生の時の親友が離れていった理由は、当時のAさんは全くわからなかったので
何度か本人に直接聞いたそうなのですが、何も教えてくれずに避けられてしまったそうです。

他にも仲の良い友達はいたので、あまり気にしていなかったそうなのですが、今思えばその頃から
理由の分からない恐怖が込み上げてくることが時々あったそうです。

数年後、人伝に聞いた理由は、
Aさんは親友に「私以外の子と仲良くしないで欲しい」と伝えたことがあったそうです。
Aさんは悪気もなく、思ったことをそのまま伝えたのでしたが、親友からすると、
「Aさんは他の友達とも仲良くするのに、自分には他の子と仲良くしないでと言われるのが嫌だった」
「Aさんからは傷つくことを何度も言われていた、勝手なAさんに合わせるのが嫌だった」
と言っていたそうです。

それまでのAさんは「人から嫌われたのかも」と考えたこともありませんでした。

親友が離れていったのは自分の言動が原因だったと知りショックを受けたけど、
「なら、どうしてその時に嫌だと言ってくれなかったんだろう」とも思ったそうです。

自覚はありませんでしたが、初めて受けた「人が離れていく経験」はAさんの心に大きな恐怖を残していました。
普通の友達とは無難に過ごすことができていたので忘れていましたが、
家族以外で初めて好きだと思ったのはこの親友で、その次が彼だったのです。

彼と別れ、気持ちも不安定な時に大好きなお父さんが亡くなりました。

このような状況では辛くて寝込んでしまう事もあると思うのですが、
Aさんは長子(一番上の子)なので、残された母、兄弟を思うととても辛く、
自分が支えなければと必死に考えていたのでAさん自身は十分に悲しむ事もできずにいました。

気丈に振る舞っていても、彼との別れや父親の死の悲しみから心身ともに疲れ
これ以上傷つきたくないのと、気持ちが離れて言ってしまう別れもも、亡くなってしまっての別れも
もう経験したくないので、仲良くなりそうな人とは「また失うことになるのでは」と不安になり
距離を置いてしまっていたのでした。

彼と新しく組んだ女性の奏者との演奏で嫉妬するのも当然の事なのですが、
ショックが続いてもしっかりしてようと思うあまり、自分の気持ちがわからないままで
苦しい気持ちの原因を探しているうちに「自分はこんな性格だ」と思い込んでしまったのです。


悲しいことですが、お父様の死やこの恋愛が今まで気が付かなかった色々なことに気付く
きっかけにもなったと仰っていました。
「このままでは嫌な事」の改善の為、これからどうしていくか方向性も決まりました。

離れていった元親友とは、昔のことのようでも強く気持ちが残っているので連絡をとって
一度お話をしてみることを提案させていただきました。

別れた彼のことは、別れて悲しいと素直に認められ、復縁を望むかはわからないけれど、
どうして気持ちを伝えられなかったのか、は話してみるそうです。

誤解されそうですが、このような方達は親が甘やかして育てたからではなく、
親子の仲が良かっただけで仲が良いと問題が起きやすくなるわけでもなく、
誰も悪い人がいなくても問題が起こることがあるのです。

Aさんはお申し込みの時点で最後にはしっかりと「改善したい。」と書いています。
どう育ったのだとしても、大事なのは「自分で自分をどうにかしたい」と思うことなのです。

余談ですが、この方はなんと伊豆諸島から埼玉県のここ、マグノリアまで来てくださいました。
遠くからお越しいただき「来てよかったです!」と仰っていただけたので嬉しかったです。
ありがとうございました。

このクライアントさんからのご報告:「気持ちの整理と確認の大切さ」

誰も悪者がいない中で

親が嫌いなわけでもない、愛されて育ったと思っていても、「親なんて嫌い」「親はうるさい、理解がない」と思った事があったり、親の嫌なところの一つや二つがあるというは、ある意味普通のことだと思います。

ところが「親のことを嫌だと思ったことが一度もない」「親の嫌なところは全くない」という人もいるのです。

子供の性格育成には最初の社会、家庭、親が影響すると言われているので、うちの親は毒親だ、そのせいで今の自分は悩みが多い、という方からすると羨ましいことかも知れません。

ですが

  • 好きな人とは話せない、異常に照れる
  • 他人とのコミュニケーションが苦手
  • 自分で大きな物事を決められない
  • パートナーと向き合えない
  • 血縁者以外を人として見れない、思いやりを持てない
  • 50代以降から理由のわからない不安が出てくる

このようなご相談でカウンセリングを受けられる方の中に「親を嫌だと思ったことが一度もない」という方が多いのです。


これは「親を嫌だと思ったことは一度もない」クライアントさん(20代 女性)が、申し込みフォームの相談内容の欄に記入されたものです。
※ご本人の承諾を得ています。

嫉妬感や思い込みのようなものをコントロールできないでいる。普段はよくてもそのような感情が出ると自分でも嫌になる。より近い距離感の人に出やすいので仲良くなってくると不安になり自然に距離をとろうとする癖があるように思う。 改善したい。

クライアントさんをAさんとします。

数年前「好き」と言葉にしたら軽く思えて言いたくないほど大好きな男性と出会い、交際しました。
Aさんと彼はある楽器の奏者です。彼とは演奏でも組むことになりました。
二人のセッションは、自分も彼も今まで感じられないほど素晴らしいものになったそうです。

ところが、ある日突然彼から別れを告げられてしまいます。
それから少ししてAさんのお父さんが亡くなりました。

彼とは別れてからも仕事では一緒です。
Aさんのお父さんが亡くなった時に、彼が支えようとしてくれましたが、Aさんは彼に近づくのが怖くなり、避けるようになりました。彼が怖いというより自分の気持ちの波が怖くて、またあの波が来ると思うと心が固まってしまうのだそうです。

その波とは、彼と付き会っている時は今まで経験したことのないような大きな喜びを感じることができたけれど、衝突した時は胸をえぐられるような苦しみもあったので、喜びの大きさと大きな苦しみを繰り返すことだそうです。
またあの思いをすると思うと怖くなり、彼と仕事するのはやめることにしました。

暫くすると彼は新しい女性の演奏者を見つけました。彼とその女性は恋人同士ではないのですが、演奏を聞いていると嫉妬して苦しい、でもどうしようもできない。復縁したいのかといえばそうではなく、怖さのほうが強いので嫌なのだと言います。

彼に対しての怖い気持ちを話している時に、Aさんは中学時代のある友人のことを思い出し、話し始めました。

中学生になってすぐに他の友人とは比べ物にならないくらい大好きな親友ができたそうです。
まるで家族のように遠慮なく親友に接していたAさん。

ところが暫くすると、その親友はAさんから離れていってしまいました。
理由を聞いても話してくれないし、どうしていいのか分からなくて怖かったそうです。

でも他の”普通”の友達とは何のトラブルもなく仲良くできていたので、今まで思い出すこともなかったそうです。

なぜAさんから大好きな人ばかりが離れていってしまったのでしょうか?

誰も悪者がいない中で②に続きます。

悩むって悪いこと?

『 この人は私のように悩むことなんてないのだろう 』 
『あの人はいつも楽しそうだから、悩みなんてないんだろうな』

芸能人や知り合いを見て、そう思う人もいると思います。

私もクライアントさんから言われることがあります。
「先生は悩みなんてないですよね」

私の話をすることはないのでそう見えるのでしょう。

ある日も、お嬢さんのことが心配で 口を出し過ぎてしまうというお母様から、
「先生は、お嬢さんのことでこんな風に心配し過ぎたりすることはないですよね。」と言われました。

なので「全然そんなことないです。昔は 娘の帰りが遅くて連絡が取れないときなんて、いつも頭の中で『 シャブレイプシャブレイプ 』がグルグル回っていました」と答えました。

すると、何のことだか分からなかったのか一瞬キョトンとされてから、
「やだ〜本当ですか⁉︎ 全然そんな風には見えないです!でもそれ凄く分かります!」

大笑いされました。

(シャブレイプシャブレイプとは、娘が誰かの手により薬物や暴行の被害にあったらどうしよう、という心配 )

後日、「先日のカウンセリングから、娘の事が心配になると先生のシャブレイプシャブレイプを思い出し笑ってしまうようになり、気が楽になりました」と仰っていました。

何が役に立つか分かりませんね。

クライアントさんからは「器が大きい落ち着いた人」みたいなことを言われることがあります。
これを私の身近な者が聞いたら爆笑するでしょう。

なのでそう言われた時にはいつも「 私ですか? 私なんて悩みのデパートですよ」と答えています。

「本当ですか? 全然そんな風に見えないです」と言われるので、

「自分の思い通りにならないことなんて勿論あるし、真剣に想うものがあれば悩みは尽きないと思っています。
それに私は欲張りなので悩むことも多く、悩むことを悪いことだと思っていないので、悩み、考え尽くすので立ち直るまでの時間が早いだけです」と答えました。

会う人すべてに「私、悩んでます」と言う人なんていません。

人が何をどう経験してきたか、いま何かに悩んでいるかなんて他人からは分からないのは当然なのですが自分が悩んでいる時には、楽しそうにしている人をみて「この人は自分のように悩むことなんてないんだろうな」と思えてしまうのでしょう。

特にSNSでは、中には愚痴や痛い話や暗い話ばかりの人もいますが、明るい投稿が多いのでそう見えるかもしれませんが、
楽しい辛いことがあるからこそ自分を楽しませたくてSNSをしている人もいると思います。

悩むとは辛いことですが『このままじゃ嫌だ、どうにかしたい』という向上心の別の表れでもあるのです。

カウンセリングを知らない人から、この仕事は「悩んでいる人の悪い気をもらって疲れるでしょう?」なんて言われることがよくあるのですが、それは全く逆で、どんな辛い悩みがあろうと、『お金を払ってでもどうにかしたい』『解決する訳ないだろうけどダメ元でもいいから何か試してみよう』という前向きな人でしかないのです。

悩むことを避け、見ないようにしても問題は長続きするばかりですし、「悩む自分が嫌だ、駄目だ」と思ってしまうと「悩んでいる自分は駄目だ」というその思いで余計に落ち込み、物事をクリアに考えられなくなってしまうのです。


今日もクライアントさんに「悩みなんてないですよね」と言われたので、いつもの「いやいや、私なんて悩みのデパートですよ」を言いました。

「全然そんな風に見えないです。悩みのデパートって懐かしいフレーズですね、久しぶりに聞きました」と言われました。

私は「 確かに古い言い方ですね〜!」なんて笑っていましたが・・・

クライアントさんが帰ってから、

古い言葉・・・恥ずかしい!

古い言葉、古い、古い人間、ババア、、
しばらくの間ウジウジして、その日から「悩みのデパート」は一切使うのをやめました。

足を引っ張られる

悩みの原因も解り、方向性も決まり元気になったクライアントさんの中には
「私、本当はこんな感じの服が着たいんです」
今までメイクをしていなかった人は「本当はメイクをしたいのですが」と自分が本当にしたかった事に気づき、外見も変化したくなることがあります。とても良いことです。

しかし、そこであることが理由でためらってしまうのです。

それは、メイクをするようになったり、今までとは違うイメージの服を着たら
「(周囲の)人から何か言われそうで・・・。」と、ためらうのです。

そんなの気にしなきゃいいと思うかも知れませんが、
実際に嫌な事を言われたという方もいるのです。

メイクをしたり、メイクを変えたり、パンツやデニムばかりだった方がスカートを履いただけでも、
何かを少しでも変えると、

「なに?どうしたの?」「なに張り切ってるの?」
「今日は何か頑張ってるけど、どうしたの?」などと言う人がいるのです。

今までやっていなかった事を始めるのは勇気も要りますし緊張するものです。そこでこんなことを言われたら、恥ずかしくなるし、嫌な気持ちになってしまい、やる気も失せてしまうでしょう。

このような「意地悪な人」は、なぜそんな意地悪を言うのかというと、その人自身が自分の本当に好きなことが出来ていないからです。金銭的な問題でではなく、自分も人からどう思われるかを気にして出来ないのです。

なので人にも自分と同じようにいて欲しい為、『素敵だな、いいな』と思えば思うほど、それをやめさせたくて足を引っ張るのです。

このような理由で自分のなりたいイメージになるのをためらってしまうという人は、メイクやファッションを変え、意地悪を言いそうな人に初めて会うときに『何か言われたらどうしよう』と怯えるのではなく、『絶対に何か言われるだろう』と構えていましょう。

そして実際に意地悪なことを言われたら、素直に(フリでも)「前からこうしたかったから思い切ってやってみたんだけど変かな?駄目?」というように、意地悪には一切気付いていないフリをして聞いてみるのです。すると意地悪な人達は一変して「そんなことないよ、可愛い!」と褒めてくることが多いのです。

これは、意地悪をしようとしている人の中には無自覚だとしても『やましい気持ち』も必ずあります。

意地悪しようとしたのに、素直にアドバイスを乞う(頼られる)ようなことを言われたら意表を突かれます。
そこで初めて、羨ましさから意地悪しようとしていたことが恥ずかしくなり、素直に褒めることができたり優しくなったりするのです。

この「足を引っ張る周囲の人」とは、同じ職場の人だったり家族だったりもしますが、一番多く聞くのは「友人」です。

自分が素敵に変化していこうとすると、友人から嫌がられる、意地悪をされる、足を引っ張られるだろうと分かっていながら、それが「友達」というのもおかしいのですが、

友人とは、最初は考え方や好みが似ていたから仲良くなり付き合っていたのだとしても、自分に疑問を持ち、このままじゃ嫌だと思い自分が変わると、今までの友人達とは合わなくなり、自然と付き合う人達が変わっていった、ということは良くあることです。

しかし、同じようなケースでも、有人達から意地悪を言われながらも自分の好きなことをやり続けていたら、友人達も素直に「私もこういうの着たいな」と言うようになり、それから他の友人にも同じような変化があり、以前よりも自分も友人達もみんなが仲良く楽しくなったとの報告も受けたことがあります。

嫌な事があった時に慰めてはくれるけど、良くなる時には足を引っ張る人よりも、嬉しい時に一緒に喜んでくれる人が友達であって欲しいですよね。

運命の人と最後の恋は、一人と一回だけじゃない


「運命の人だと思う」
「彼以上好きになれる人はこの先現れない」 
「最後の恋だと思う」

彼のことをこんな風に話すのは
「現在、彼と仲良しで何の障害もなく楽しく交際している」という人よりも、
失恋したばかりや、不倫をしているなど切なくて苦しい恋をしている人に多いです。

今は辛いけど、いつかは戻ってくる「運命の人」だと思うから。
今は辛いけど耐えなきゃいけない「いつか自分の思うような幸せがくる」その時まで。
辛いことも多いけど、幸せだからいいの。

二年前、あるクライアントさんも当時の交際相手のことを
「ただ好きとかではなく、魂から好きなんです」と話していました。 

このクライアントさんはバツイチの独身で、彼は既婚者でした。
「離婚してからはもう誰とも付き合いたくないと本気で思っていたのに、彼とは恋に落ちてしまったから不思議なんです」

「彼が離婚することはないと思うので一緒になるのは諦めています。今は一緒になれなくても歳を取った時に、もし奥様が先に亡くなって、彼が動けなくなっていたら私が介護するって決めているんです。側にいられるだけでいいので介護していても幸せだと思うから。これ以上好きになれる人はいないので。」

その為に介護についても今から勉強しているそうです。

なので、
奥様は先に亡くならないかも知れない。逆に彼が奥様の介護をしているかも知れないし、彼が動けなくなるとも限らない。彼が動けないほど歳を取った時には会えないかも知れない、というお話をしました。 

というのも、彼女のご相談内容は不倫ではなく職場での悩みだったのですが、お話を伺っているうちに彼との不安定な関係、そのため将来の不安があり、仕事の不安、職場での悩みへと繋がっていることが分かったからです。

彼との恋愛では辛いことも多いのに ”これ以上好きになれる人はいないから”と辛さを見ないようにしていたので、職場だけでの問題だと思っていたのです。

そこである提案をして、彼女は実行し続けました。

そして二年後、ご報告をいただきました。独身の恋人が出来たそうです!

ご報告のメールです。
※ご本人の承諾をいただいています。元彼をAさん、彼氏をBさんとします。
**************

自慢でも、のろけでも無く、今ホントにしあわせです。
 幸せって… 心が満たされる事なんですね。
 Aさんを凄く大好きだったけど… 離れられないと思って8年くらい付き合ったけど…
Aさんは年を追うごとに、幸せよりも辛さをくれました。 
別れてからも逢いたくて辛かったけど…Bさんと出会いBさんの空気が私を包んでくれてどんどん癒され、Aさんを忘れられました。そして、今でもBさんが大好きでたまらないです。 
Bさんと付き合い始めてしばらくしたら、Aさんから連絡があって話す為に会った時に、〔会社の前で待ち伏せされたりしてたから話す事にしました〕戻って来てほしい…だからと言って何も変わらないけど…って言われました。
私が辛い思いをしてるのを分かっていて、それでも良いんだ。って思った。
カウンセリングを受けた時に、私も私の辛さを無視していたのが分かってきました。
だから、私も共犯なんでよすね。
Aさんを大好きな時には、私のことを真剣に考えてくれてると思ったけど… 今思うと、Bさんの比じゃありませんでした。
既婚者だから、好きな女を背負う気なんて所詮ないんですよね。 
待ち伏せして、話したいって言われた時に、正直迎えに来てくれたのかな❓って思いました^_^; 
でも、離婚するわけ無いんでよね。 だから、すっぱり別れられたかも知れません。
(省略)
辛さを我慢してれば、Aさんか神様が良いことをしてくれると思うのをやめられてAさん以外を見るようにして、
出会いを求めてみるようになれて本当によかったです❗️

**************

不倫だとこうなりますよ~、を言いたいのではなく、
不倫ではなくても、恋愛で辛い思いをしている方ほど「運命の人・最後の恋」だと思いがちです。
でも「運命の人」はひとりではないのです。

同じ相手でも、その時の自分でなかったら付き合っていないかも知れないので、彼女の別れた元旦那さんも、不倫していた彼も全て「運命の人」です。

でもまた「運命の人」は現れました。新しい恋が始まると皆さん、
「なんであの頃はあんなに好きだったんだろう?」 「彼以上好きになれる人はいないって思っていたのに」と言います。

恋をしている最中に「運命の人なんて一人じゃないですよ」と言われても、「いいえ、この恋は他とは違うの」と答えるでしょう。その時の気持ちは本物ですからね。

しかしあまり辛いと、その辛さを「好き過ぎるからこその切なさ」だと思い込んでしまっている事もあります。

楽しいこともあるから付き合っているのでしょうが、辛いことも多いという人は、楽しいこともあるけど「辛いものは辛い」と認めてみましょう。

辛いことを長く続けていると「好き」というよりも、「ここまで頑張ったんだから引き返せるものか」と意地になっていたり、疲れ果ててしまい、別れることも、新しい相手を探す元気もないだけで続けているのかも知れないのです。

因みにこの女性は50代半ばです。
「運命の人だ!」 は何度も思ってもいいですが、それを「最後の恋」だと決めるのは、またまだ早いかも知れませんよ!


自由を阻む壁

「自由になりたい」と思う人は多いのだな、と本屋へ行くたびに思います。

店内でぐるっと本のタイトルを見渡すと

「自由な自分になる為に」「自由人になろう」

こんな感じのタイトルの本がいつの時もあります。

 先日SNSである年配の有名人女性が、自分の生き方、恋愛感について、 
「世間や常識ではこうでも、私はこうするの」と、「常人とは違う生き方をしている」
というような内容の記事がありました。 
「でも、こうやって自由に生きるのは大変なこともあるのよ」とも書いてありました。
 
読んだ人達のコメントには
「私もそう思っていました!」「それでいいんですよね!」「共感しました!」「感動しました」と

 「個性」と「自由」に感動しているコメントがとても多かったです。 


「世界に一つだけの花」という歌があります。
メロディーも良いですが歌詞が共感を呼び、人気のある曲だったと思います。 

そうさ僕らは 世界に一つだけの花 一人一人違う種を持つ 
その花を咲かせることだけに一生懸命になればいい 
小さい花や大きな花 一つとして同じものはないからNo.1にならなくてもいい 
もともと特別な Oniy one

そう、個性とは「持っていい」「持っている」のではなく、一人一人違って当然のもので、
「自由な生き方」もあって当然なのです。

でも、昔から個性や自由を尊重するモノは人気があるのです。

 「人気がある」というのはやはりそこに「特別」を感じるからであり、共感はしても「著名人」や「歌」は、
どこか現実とは違うものとして見られているので感動したり認めたり出来ているけど、
自分や、周囲にいる者、友人や近所の人のことになると認められない人が多いのではないかと思うのです。



お子さんが不登校になり、学校へ送り迎えしていたクライアントさんが 言いました。

「今回の事は辛いことでしたが、今までの私だったら、送り迎えしている親なんて見たら『なんて甘い親なんだ』と思っていたと思います。でも今は『何か  あったからなんだろうな』と思えるようになりました。
それだけではなく、今までは全てのことに対し、人がなにか自分と違ったことをしていたら、なんで!?と、いちいち思い、苛々していましたが、今は「そうなんだな」とだけ思えるようになり、そう思える自分になったのは良かったと思うのです」
 

同じようなことを言うクライアントさんは多く、痛みを知ったからこう思えるようになったのではなく、
自分の心を見つめたことにより、他人の個性や自由を認められるようになり、
他人の個性や自由を認めることにより、自分も「自由」になったのです。

自由になるとは、自分が自分のどんな想いも認められてしまうことです。

「自由になった!」との言葉で表すようなものではなく、もっと深く静かなものです。

自由を阻む壁とは、自分の心の中に在ります。

「個性」と「自由」 を尊重するものを見聞きしたときに、感動するのではなく 「そりゃそうだろ」と、
自然と冷めた気持ちで見つめられる。

そうなっていた時には自由を阻む壁の向こう側へ行けているのでしょう。